『孫子』の兵法とは何か?「戦わずして勝つ」2500年前の戦略書をわかりやすく

『孫子』は全13篇の古代中国の兵法書で、戦争を高くつく最後の手段と考えました。何が書かれ、なぜ今も経営者に読まれるのかを解説します。

『孫子』(孫子の兵法)は、伝統的に兵法家・孫子(孫武)の作とされる古代中国の兵法書で、できるだけ戦わずに勝つ方法を説いています。 全13篇の短い章で、計画、戦争の費用、戦略、地形、火攻め、間諜(スパイ)の使い方などを扱い、その中心にあるメッセージは初めて読む人を驚かせます。戦争は費用がかかり破壊的なので最後の手段であるべきで、最良の勝利は流血ではなく準備と情報と知恵によって得られる、というのです。 だからこそ約2500年後の今も、将軍だけでなく経営者やスポーツの指導者に読まれています。

孫子とは誰か

伝承では、この書を書いたのは中国東部の呉の国に仕えた将軍・孫武、いわゆる「孫子(孫先生)」です。 ただし、歴史家は彼が実在したのか、あるいは複数の人の手で長い時間をかけてまとめられたのかを長く疑ってきました。 伝統的には春秋時代末期、紀元前5世紀ごろの作とされます。1972年に山東省の銀雀山で見つかった竹簡は、この書が複雑な伝わり方をしてきたことを示し、現在の研究では古い形の成立をおよそ紀元前500年から430年のあいだとみるのが一般的です。

司馬遷が伝えた孫武の物語

伝統的な説では、孫子は紀元前544年から前496年まで生きた人物で、生まれは今の山東省にあたる斉の国とされています。 最も古い伝記は、紀元前97年ごろに司馬遷が書いた『史記』に収められていますが、研究者のメアは、その内容は「本質的に作り話」だと述べています。 『史記』には有名な逸話があります。呉王闔閭が孫武を試そうと、後宮の女性180人を兵士として訓練するよう命じました。孫武は王の寵愛する二人を隊長にしましたが、号令をかけても女性たちは笑うばかりです。そこで孫武は二人の隊長を斬らせ、すると残りの女性たちは命令どおりに動くようになったといいます。人数を300人とする別の伝えもあります。 命令をはっきり伝えても従わないなら、それは将の責任ではなく隊長の責任だ、という厳しい規律の考え方を示す話として、今もよく語られます。

柏挙の戦いと、子孫の孫臏

紀元前506年の柏挙の戦いでは、孫武の率いる呉の軍が、はるかに大きな楚の国を破ったとされます。 孫武の子孫と伝えられる孫臏も、同じく『兵法』と呼ばれる戦術の書を書いたといわれてきました。1972年に銀雀山で見つかった竹簡には、この孫臏の書も含まれていました。 銀雀山の竹簡が墓に納められたのは紀元前134年から前118年のあいだで、そこに残る古い本文は、今の『孫子』の篇のおよそ3分の1にあたります。 長いあいだ失われたと思われていた書物が、二千年以上たって土の中から姿を現したのです。

全13篇

本はとても短く、午後のひとときで読めます。13篇は、計篇、作戦篇、謀攻篇、形篇、勢篇、虚実篇、軍争篇、九変篇、行軍篇、地形篇、九地篇、火攻篇、用間篇からなります。 文体は短い言葉と対比を重ねた格言風で、覚えやすく、解釈の幅も広い。それが言語や時代を越えて読まれ続ける理由の一つです。

戦争は最後の手段

冒頭の篇は、戦争の費用についてとても現実的です。軍隊は莫大なお金と物資を消費し、長い戦いは国を疲れさせます。この書は戦争を高くつく最後の手段として扱っています。 そこから生まれたのが最も有名な考え、「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」、つまり戦わずに敵を屈服させるのが最善だという教えです。

彼を知り己を知れば

もう一つ誰もが引用するのが「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」です。敵も自分も知っていれば何度戦っても危なくない、自分だけ知っていれば勝ったり負けたり、どちらも知らなければ必ず危うい、という意味です。だからこの書は情報を重んじ、最後の篇はまるごと間諜の使い方にあてられています。 ほかにも、強いときは弱く見せる「詭道」、水のように形を変える柔軟さ、戦う場所と時を自分で選ぶこと、冷静で公正な指揮官像などが繰り返し語られます。

曹操の注釈と「武経七書」

今の『孫子』の形には、三国時代の英雄も関わっています。3世紀の初め、曹操は知られている限り最も古い注釈を書き、同時に本文を編集して一部を削りました。 1080年には、宋の神宗が兵法書を集めた「武経七書」を正式に定め、『孫子』はその筆頭に置かれました。 日本へは、奈良時代の760年に伝わったとされています。 千年以上前から日本の武人たちが読んできた本だと思うと、「風林火山」の旗印もいっそう身近に感じられます。

こうして見ると、『孫子』は一人の天才が一度に書き上げた本というより、注釈者や編集者、そして何世代もの読者の手を経て今の形になった本だといえます。だからこそ、読む人の時代や立場によって、戦争の書にも、経営の書にも、人生の書にもなるのでしょう。

中国から世界へ

この書は東アジアに広く影響を与え、日本でも戦国武将の武田信玄が旗印に用いた「風林火山」の言葉が『孫子』に由来することで知られています。1772年にはイエズス会士ジャン・ジョゼフ・マリー・アミオがフランス語訳を出し、1910年にはライオネル・ジャイルズが初の注釈つき英訳を出しました。 毛沢東、武田信玄、ヴォー・グエン・ザップ、マッカーサーなどが影響を受けた人物として挙げられ、今ではビジネスやスポーツにも応用されています。

『孫子』で覚える日本語表現

表現 意味 例文
彼を知り己を知れば百戦殆うからず 相手と自分をよく知れば負けない 試験も彼を知り己を知ればこわくない。
戦わずして勝つ 争わずに目的を果たす 交渉で戦わずして勝った。
風林火山 状況に応じて動きを変えること 風林火山の心で練習に臨む。
最後の手段 ほかに方法がないときの手 上司に頼むのは最後の手段だ。
備えあれば憂いなし 準備していれば心配はない 備えあれば憂いなし、早めに復習しよう。

練習問題: 「彼を知り己を知れば」を語学学習に当てはめて、自分の強み・弱み・作戦をそれぞれ一文ずつ、計三文で書いてみましょう。

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