ジョージ・イーストマンとは何をした人?ロールフィルムとコダック、寄付に注いだ生涯を年表でたどる
ジョージ・イーストマンはイーストマン・コダックの創業者。ロールフィルムで写真機の主流を変え、後半生は教育・医療への寄付に力を注いだ。年表と練習問題で整理する。
ジョージ・イーストマンは、アメリカの実業家・発明家で、イーストマン・コダックの創業者です。 ロールフィルムを発明し、写真機の主流を変えた人物でもあります。
年表で見る生涯
- 1854年:ニューヨーク州ウォータービルで生まれる。
- 1880年:乾板の写真事業を始める。
- 1888年:No.1コダックを発売する。
- 1900年:ブローニーシリーズを1ドルで発売する。
- 1907年:母マリアが亡くなる。
- 1922年:ロチェスターにイーストマンシアターを開館する。
- 1925年:コダックの日々の経営から身を引く。
- 1926年:ロンドンの歯科診療部門の創設資金として20万ポンドを寄付する。
- 1931年:ロンドンのEastman Dental Clinicが開院する。
- 1932年:3月14日、自邸で自殺する。
写真を一般の人の手に
1888年にロールフィルム式の「No.1コダック」を発売し、アマチュア写真を一般に広めました。 宣伝文句としては「あなたがシャッターを押しさえすれば、後は我々がやります」を生み出しています。
1889年には、ヘンリー・ライヘンバッハとともにニトロセルロースフィルムの製法の特許を取得しました。 1900年にはブローニーシリーズを1ドルで発売し、写真とカメラの普及を進めました。
さらに、1904年に写真のカラー化の研究に関心を持ち、約10年間実験に資金を出しています。 1930年にはアメリカ化学者協会のゴールドメダルを受賞しました。
経営から寄付へ
1925年にコダックの日々の経営から身を引き、慈善活動に注力しました。 寄付の主なものを、シートの記述のまま挙げます。
- ロチェスター大学のイーストマン音楽学校と医歯学部の創設資金を寄付した。
- ロチェスター工科大学の前身である力学研究所に62万5千ドルを寄付した。
- 低所得者のため、ロンドンやヨーロッパ各地に歯科・診療施設の基金を提供した。
- 1926年、ロンドンの歯科診療部門の創設資金として20万ポンドを寄付した。
1911年にはEastman Trust and Savings Bankという銀行を創設しています。 母マリアの死後、1922年にロチェスターのイーストマンシアターを開館しました。
晩年と最期
イーストマンは生涯独身でした。 晩年の2年間は、脊椎に関わる病気による激しい痛みに苦しみました。
1932年3月14日、自邸でピストル自殺し、「友よ、私の仕事は終わった。なぜ待つのか?」と書いた遺書を残しました。 彼の自邸だったジョージ・イーストマン・ハウスは、1949年に国際写真映画博物館として開館しています。
読んだあとの練習問題
確認した事実を自分の言葉で整理する練習を、次のように提案します。実際の発言として扱わず、あくまで学習用の例です。
課題1:3行要約
上の年表を見ながら、イーストマンの発明と事業の流れを3行にまとめてみてください。
解説:例の各文は、上で出典を付けた事実を言い換えただけです。年号と出来事を一文に一つずつ入れると、読み返したときに確かめやすくなります。
課題2:寄付先の分類
寄付先を一覧にし、教育・医療・文化のどれに当たるか分類してみてください。たとえば音楽学校や大学の創設資金、歯科・診療施設の基金、イーストマンシアターなど、分類に迷う項目があれば、なぜ迷ったかも書き留めると考えが深まります。
課題3:出典の読み比べ
晩年の病気や遺書の記述は、出典ごとに書かれている内容が違うかもしれません。二つの出典を読み比べて、違いをメモしてみましょう。