ケプラーは何を発見したのか?「完全な円」を壊した惑星運動の三法則
ケプラーは、惑星が円ではなく楕円を描いて太陽の周りを回ることを見抜き、惑星運動の三法則をまとめました。発見までの苦闘と、その意味をわかりやすく紹介します。
ヨハネス・ケプラーが発見したのは、惑星が完全な円ではなく楕円を描いて太陽の周りを回っているということです。彼はその動きを三つの法則にまとめました。第一に、惑星の軌道は太陽を一つの焦点とする楕円であること。第二に、惑星と太陽を結ぶ線は、同じ時間に同じ面積を描くこと。第三に、公転周期の二乗は軌道の大きさ(長半径)の三乗に比例することです。 第一法則は1609年の『新天文学』で、第三法則は1619年の『世界の調和』で発表されました。 のちにニュートンは、これらの法則を万有引力の理論を支える重要な手がかりとしました。
教科書の答えはここまでですが、その裏には、弱い視力、信仰による追放、デンマークの大天文学者との出会い、そして魔女として訴えられた母親という、驚くほど人間的な物語があります。
星空を見上げた病弱な少年
ケプラーは1571年12月27日、現在のドイツ南部にある小さな帝国自由都市ヴァイル・デア・シュタットに生まれました。 傭兵だった父は彼が5歳ごろに家を出ており、母カタリーナは薬草を扱う治療師でした。
幼いころにかかった天然痘のせいで、視力が弱く、手にも障害が残りました。観測を仕事とする天文学者にとっては大きなハンディです。 それでも、6歳のときには母に高い場所へ連れて行かれて1577年の大彗星を見上げ、9歳のときには赤く染まった月食を観察しました。 夜空への関心は、この幼い日の体験から始まっていたのです。
牧師志望からコペルニクス派へ
1589年、ケプラーは牧師を目指してテュービンゲン大学の神学校に入りました。数学教授ミヒャエル・メストリンのもとで、地球を中心とするプトレマイオスの体系と、太陽を中心とするコペルニクスの体系の両方を学び、確信をもったコペルニクス派になります。 一方で、信仰上の考えがルター派の公式な教義と合わなかったため、牧師になることはできませんでした。
1594年、22歳でグラーツのプロテスタント系学校の数学・天文学教師となり、1596年に最初の大著『宇宙の神秘』を出版しました。
追放、そしてティコとの出会い
1600年、カトリックのフェルディナント大公が、プロテスタントに改宗か退去かを迫る命令を出し、ケプラーはグラーツを去ることになります。 ちょうど同じ年、彼はデンマーク貴族の天文学者ティコ・ブラーエに会い、火星の軌道の分析を任されていました。
1601年10月24日にティコが亡くなると、そのわずか2日後、ケプラーは後継者として皇帝ルドルフ2世の宮廷数学官に任命されました。 彼の手には、ほかの誰も持っていないティコの膨大な観測データが残されたのです。
火星との長い戦い
ケプラー自身も、最初は惑星の軌道は「完全な形」である円だと考えていました。ところが、ティコの火星の観測データはどうしても円に収まりません。 火星の軌道は水星を除くどの惑星よりも細長いため、円とのずれがはっきり表れたのです。何年にもわたる計算の末、彼は数字が示す答えを受け入れました。軌道は楕円で、太陽はその中心ではなく焦点の一つにある、という結論です。
1604年10月に現れた新星(現在では超新星と分かっています)も丹念に観測し、視差が見られないことから惑星よりはるか遠くにあると論じました。これは「天は変化しない」という古い考えへの挑戦でした。
リンツで見つけた「世界の調和」
1612年、ケプラーはオーストリアのリンツに移り、地方の数学官と教師を務めながら宮廷数学官の地位も保ちました。1618年、彼は惑星が太陽を一周する時間と太陽からの距離との間にある関係に気づき、翌1619年の『世界の調和』で発表します。 これが第三法則で、すべての惑星を一つの数式でつなぐ発見でした。
なお、惑星が太陽に近いときは速く、遠いときはゆっくり動くという第二法則の考え方は『新天文学』の研究から生まれましたが、現在のような形で述べられたのは後の『コペルニクス天文学概要』においてでした。 また、ケプラーは皇帝のために占星術の助言もしていました。当時は天文学と占星術の境界が、今ほどはっきりしていなかったのです。
母の魔女裁判と晩年
1615年、母カタリーナがレオンベルクで魔女として告発されます。ケプラーは手紙で、また自ら出向いて母を弁護しました。母は1620年から1621年まで投獄され、拷問の脅しを受けながらも自白を拒み、1621年10月4日に釈放されましたが、約半年後に亡くなりました。
その後もケプラーは研究を続け、1627年に『ルドルフ表』を刊行し、1630年11月15日にレーゲンスブルクで58歳の生涯を閉じました。 1687年、ニュートンの『プリンキピア』が、ケプラーの法則に従う軌道には太陽に向かい距離の二乗に反比例する力が必要だと示しました。 ケプラーが「どう動くか」を示し、ニュートンが「なぜか」を説明したのです。
ケプラーで学ぶ日本語表現
努力や発見について話すときに便利な表現です。
| 表現 | 意味 | 例文 |
|---|---|---|
| つじつまが合わない | 話やデータが矛盾している | 彼の説明はつじつまが合わない。 |
| 一から出直す | 最初からやり直す | 失敗したので一から出直した。 |
| 試行錯誤 | 何度も試して失敗から学ぶこと | 試行錯誤の末に完成した。 |
| 壁にぶつかる | 困難に直面する | 研究が壁にぶつかった。 |
| 突破口を開く | 解決への道を見つける | 新しいデータが突破口を開いた。 |
練習: 何度も失敗してやっと解決できた問題を一つ選び、「試行錯誤」「突破口を開く」を使って日本語で三文書いてみましょう。