ユークリッドはなぜ「幾何学の父」なのか?『原論』をやさしく解説
ユークリッドの『原論』は、少数の定義と公理から数百の定理を順に証明し、幾何学を一つの論理体系にまとめました。史上最も成功した教科書の正体に迫ります。
ユークリッドが「幾何学の父」と呼ばれるのは、紀元前300年ごろに書かれた『原論(ストイケイア)』で、当時の幾何学を一つの論理体系にまとめあげたからです。わずかな定義と前提から出発して、数百もの命題を一つずつ証明していきます。 『原論』は「史上最も成功した教科書」とも言われ、1000を大きく超える版が出て、出版された版の数では聖書に次ぐと推定されています。 学校で習う平面の幾何学が今も「ユークリッド幾何学」と呼ばれるのはそのためです。
有名なのに、ほとんど何もわからない人
意外なことに、ユークリッド本人についてはほとんど何もわかっていません。活躍したのは紀元前300年ごろで、エジプトのギリシャ人都市アレクサンドリアで働いていた可能性が高いとされますが、生まれた場所は不明です。 伝わっている話の多くは、何百年も後の5世紀のプロクロスや、4世紀のパップスによるものです。 中世には哲学者のメガラのエウクレイデスと混同されることもありました。
「幾何学に王道なし」
いちばん有名な逸話はプロクロスが伝えるものです。エジプト王プトレマイオス1世が「『原論』より手っ取り早く幾何学を学ぶ方法はないのか」と尋ねると、ユークリッドは「幾何学に王道なし」と答えたといいます。
ただし、これは伝説として受け取るべき話です。ほとんど同じやりとりが、数学者メナイクモスとアレクサンドロス大王の間のこととしても伝わっていて、どちらも700年以上後に書かれ、出典も示されていません。 それでも、語学を含むあらゆる学びに通じる名言であることは確かです。
『原論』には何が書いてあるのか
『原論』は全13巻からなります。 おおまかに言うと、第1巻から第6巻が平面図形、第7巻から第10巻が数の理論、第11巻から第13巻が立体図形を扱っています。 内容の多くはエウドクソスやテアイテトスなど先人の成果ですが、それを正しい順序に並べ、一つ一つ証明でつないだところにユークリッドのすごさがあります。
- 第1巻の終わりには三平方の定理(ピタゴラスの定理)とその逆があり、現存する最古の証明が載っています。
- 第7巻には、二つの数の最大公約数を求める「ユークリッドの互除法」があります。
- 第9巻では、素数が無限にあることが証明されています。
- 第13巻では正多面体を作図し、それが5種類しかないことを示しています。
5つの公準と「平行線」の謎
第1巻は定義、5つの公準、5つの共通概念から始まります。 最初の4つの公準は「2点を結ぶ直線が引ける」「直線はいくらでも延ばせる」「どんな中心と半径でも円が描ける」「直角はすべて等しい」という、ごく当たり前の内容です。
ところが5番目の「平行線公準」だけは長く複雑で、何世紀ものあいだ多くの数学者がほかの4つから証明しようとして失敗しました。19世紀になって、これを別の前提に置き換えても矛盾のない幾何学が作れることがわかり、1829年にロバチェフスキーが双曲幾何学を発表しました。 「当たり前」に見えるルールを一つ変えるだけで、まったく別の世界が開ける。何世紀もかけてたどり着いたこの発見は、数学の考え方そのものを大きく広げました。
「公理から積み上げる」という発明
『原論』の本当の新しさは、個々の定理よりも「やり方」にあります。まず誰もが認める少数のルールを決め、そこから一歩ずつ、すでに証明したことだけを使って次の結果を導く。この「公理的方法」は、その後の数学のお手本になりました。
語学にも似たところがあります。限られた基本ルールと単語を身につければ、そこから数えきれないほどの正しい文を組み立てられるからです。ユークリッドが平行線公準を「当たり前のこと」として隠さず、あえて前提として書いたことも、今から見るととても誠実で賢い判断だったと言えるでしょう。
ほかの著作
ユークリッドは『原論』以外にも本を書いています。『光学』は遠近法を扱った現存最古のギリシャ語の著作で、『現象論』は天球上の天文学を扱っています。円錐曲線についての本など、失われてしまった著作もいくつかあります。 彼はアルキメデス、アポロニオスと並ぶ古代最大の数学者の一人とされています。
世界をめぐった本
現存する『原論』の最も古い断片は、エジプトのオクシリンコスで見つかったものです。 その後、『原論』は800年ごろにアラビア語に訳され、1482年にはヴェネツィアで最初の印刷版が出ました。1607年にはマテオ・リッチと徐光啓による最初の中国語版も出版されています。 全13巻に収められた命題は、合わせて465にのぼります。 本文の伝わり方にもドラマがありました。4世紀にアレクサンドリアのテオンが作った版があまりに広く使われたため、長いあいだ、ギリシャ語で残る原文はテオン版だけでした。ところが1808年、フランソワ・ペイラールがヴァチカンで、テオン版に由来しない写本を見つけたのです。 ラテン語の世界では、500年ごろのボエティウスの訳の断片が残り、1120年ごろにはバースのアデラードがアラビア語訳からラテン語に訳し直しました。1260年より前に作られたカンパヌスの版は、16世紀にギリシャ語の写本が手に入るまでラテン語版の主流でした。 1570年に出たヘンリー・ビリングズリーによる最初の英語版には、ジョン・ディーの「数学序説」が添えられています。 ギリシャ語からアラビア語、ラテン語、英語へと、言葉を渡り歩いて生き残った本だったのです。
19世紀に学校の教科書として使われなくなるまで、イスラム世界と西ヨーロッパの数学教育の中心でした。 現在では、欧州宇宙機関の宇宙望遠鏡や月のクレーターにもその名が残っています。
ユークリッドで学ぶ日本語表現
| 表現 | 意味 | 例文 |
|---|---|---|
| 学問に王道なし | 学ぶことに楽な近道はない | 語学も学問に王道なしだ。 |
| 一歩ずつ | 少しずつ順番に | 文法を一歩ずつ覚える。 |
| 基礎を固める | 土台をしっかり作る | まず発音の基礎を固めよう。 |
| 一から始める | 最初から始める | 去年、韓国語を一から始めた。 |
| 筋道を立てる | 順序よく論理的に考える | 筋道を立てて説明する。 |
練習: ユークリッドは5つのルールから大きな体系を作りました。あなたが語学で大切にしている「基本ルール」について、「一歩ずつ」「基礎を固める」「学問に王道なし」を使って日本語で3文書いてみましょう。