老子は実在したのか?謎の思想家と『老子道徳経』の正体

老子は実在したのか?謎の思想家と『老子道徳経』の正体

老子が本当にいたかは誰にも証明できません。司馬遷の伝記、出土した古い写本、そして『道徳経』の教えから、その謎をひもときます。

老子が実在したかどうかは、実ははっきりしていません。紀元前100年ごろ、漢の歴史家・司馬遷が書いた伝記では、老子は周の王室で書庫を管理していた人物で、孔子と会い、短い本を書いて西へ去ったとされています。 しかし中国以外の研究者でこの話をそのまま信じる人は少なく、「歴史上の老子はいなかった」と考える人もいます。 確かなのは、老子の作とされる『道徳経』が道教の根本となる書物だということです。

「老子」は名前ではなく呼び名

まず名前に手がかりがあります。「老子」は「老先生」くらいの意味の敬称で、孔子や孟子と同じ形です。 伝承では本名を李耳、別名を老聃といいます。 「老先生」という呼び名は、時代とともにいろいろな賢者の言葉や伝説が集まりやすいラベルでもあります。

司馬遷が書いた物語

最も古い伝記は司馬遷(紀元前145年ごろ–86年ごろ)の『史記』です。老子が生きたとされる時代から何百年も後に書かれ、しかも司馬遷自身が複数の説を並べています。

主な説では、老子は楚の国の出身で、周の書庫を管理し、孔子が礼について教えを請いに来ました。周の衰えを見た老子は国を去ることにします。関所の役人・尹喜に「教えを書き残してほしい」と頼まれ、上下二編、約五千字の書を残しました。その後、行方を知る者はいなかったといいます。

美しい物語ですが、話がうまくできすぎているからこそ、歴史家は慎重になります。

研究者が疑う理由

研究者のA・C・グレアムは、司馬遷の記述は別々の伝説をつなぎ合わせたものだと論じ、哲学者の馮友蘭は、司馬遷が二人の人物を混同したと考えました。 一方、陳栄捷のように「老子は存在しなかった」という説はもう真剣には扱われていないとする学者もいて、意見は分かれています。

年代も問題です。伝承では紀元前6世紀の人ですが、1920–30年代の多くの研究者は紀元前4–3世紀と考えました。 スタンフォード哲学百科事典によれば、老子の言葉はおそらく紀元前5世紀後半から書き留められ、紀元前3世紀半ばに比較的安定した形になりました。 『道徳経』は一人の手帳というより、何世代もかけて育った言葉の集まりに近いのです。

土の中から出てきた写本

20世紀の発掘が議論を大きく変えました。1973年、長沙の馬王堆で、紀元前168年に封じられた墓から二つの絹の写本が見つかりました。どちらも「徳」の部分が「道」の部分より前にあり、従来の順番と逆でした。

1993年には湖北省の郭店から、紀元前300年ごろの竹簡が出土します。『老子』と一致する約2,000字を含み、現存最古のテキストです。 これは今の版の約4割にあたります。 教えが漢代よりずっと前から文字で広まり、本が少しずつ形づくられたことがわかります。

『道徳経』は何を語っているのか

本は「道の道とすべきは常の道にあらず」という逆説で始まります。言葉にできる道は、永遠の道ではない、という意味です。 最初の一行から、言葉は最も深い真理を指さすことはできても、つかまえきることはできないと警告しているのです。また古典としては珍しく、中心となる「先生」の人物が登場せず、歴史上の人物や出来事にもほとんど触れません。 短く、リズムがあり、逆説に満ちた言葉は時代を選ばず、それが今も世界中で読まれる理由の一つです。

  • 道: すべての存在の源であり、そこへ「帰る」ことがすすめられます。
  • 無為: 「何もしない」ではなく、「無理に力まない」ことに近い考え方です。
  • 柔よく剛を制す: 水、赤ん坊、谷、削っていない木(樸)が、素朴さと謙虚さの象徴として使われます。

為政者への助言もあります。戦争や重い税を戒め、第60章では「大国を治むるは小鮮を烹るがごとし」、つまり大きな国を治めるのは小魚を煮るようなもので、かき回しすぎると崩れる、と説きます。

思想家から神へ

漢代以降、老子は神としてまつられ、のちの道教では「道」そのものの化身とされました。 唐の皇帝たちは同じ李姓の老子を祖先として敬い、743年に玄宗は「聖祖」の称号を贈っています。

伝説もふくらみました。母親が62年も身ごもっていた、すももの木のそばで生まれた、といった話です。 もちろんこれは宗教的な神話であって歴史ではありませんが、老子という存在がどれほど大切にされてきたかをよく物語っています。

また、666年には唐の高宗が老子に「太上玄元皇帝」という称号を贈りました。 一人の書庫係だったかもしれない人物が、皇帝の祖先にまでなったわけです。

結局、老子はいたのか

結論として、本の中心となる教えを語った師は一人、あるいは何人かいたかもしれません。けれども詳しい伝記は確かめられず、伝説の色が濃いのです。「名づけられないもの」から始まる本にふさわしい謎だと言えるでしょう。

老子で学ぶ日本語表現

『老子』に由来する、または老子らしい日本語表現を覚えましょう。

表現 意味 例文
上善は水の如し 最高の善は水のように争わない 上善は水の如しというように、柔軟でいたい。
無理をしない 力みすぎない 疲れているときは無理をしないで。
自然体 飾らない、そのままの状態 面接では自然体で話せばいい。
流れに身を任せる 状況に逆らわない 旅行中は流れに身を任せた。
足るを知る 今あるもので満足する 足るを知れば心が楽になる。

練習: 日本語を話すとき、つい力んでしまった場面を一つ思い出し、「無理をしない」「自然体」を使って三文で書いてみましょう。

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