ベートーヴェン『月光ソナタ』はなぜ「月光」と呼ばれる?名前の由来と3つの楽章
『月光』はベートーヴェン自身の命名ではありません。詩人レルシュタープの言葉から広まった愛称の由来、ジュリエッタへの献呈、3つの楽章の聴きどころを解説します。
『月光ソナタ』と呼ばれるのは、ベートーヴェン自身がそう名づけたからではなく、ドイツの音楽評論家で詩人のルートヴィヒ・レルシュタープの言葉がきっかけです。 レルシュタープはこの曲の第1楽章の印象を、スイスのルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のようだと表現しました。その後10年もたたないうちに『月光ソナタ』という名前がドイツ語や英語の出版物で使われるようになり、19世紀の終わりには世界中に知られるようになりました。 作曲者自身が付けた題名は『幻想曲風ソナタ』です。
どんな曲か
正式にはピアノソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27-2で、ベートーヴェンが1801年、30歳のときに書いた作品です。1802年3月にカッピ社から出版され、第13番と対になって作品27として発表されました。 両曲とも作曲者自身が「幻想曲風ソナタ」という題を付けていて、伝統的な古典派のソナタから離れ、ロマン的な表現に近づいた性格がはっきり示されています。
演奏時間はおよそ15分から16分です。 『悲愴』『熱情』と並んで、ベートーヴェンの3大ピアノソナタと呼ばれることもあります。
「月光」の由来をめぐる新しい発見
日本語の解説では、レルシュタープの発言はベートーヴェンの死後5年たった1832年のものだとよく書かれています。 ところが2007年、音楽学者サラ・ウォルツの研究で、レルシュタープが1824年に発表した物語『テオドール』の中で、すでにこの楽章を月の光にけむる湖の情景にたとえていたことがわかりました。しかもそこにはルツェルン湖の名前は出てこず、湖の名は後の音楽学者レンツの付け足しだったようです。 レルシュタープは1825年にベートーヴェンに会っているので、作曲者がこのたとえを知っていた可能性もあります。
また、ベートーヴェンの弟子カール・チェルニーは、レルシュタープより前にこの楽章を「夜の情景、はるか彼方から魂の悲しげな声が聞こえる」と表現していました。 ただ、ベートーヴェン本人は、この曲ばかりが人気になることを快く思っていなかったとされます。
ジュリエッタへの献呈
曲は伯爵令嬢ジュリエッタ・グイチャルディに献呈されました。ベートーヴェンはブルンスヴィック家の縁でピアノの弟子になった、14歳年下のこの少女に夢中になっていました。 1801年11月に友人へ宛てた手紙には、彼女は自分を愛し、自分も彼女を愛しているが、身分が違うのが残念だ、という趣旨のことが書かれています。その後ジュリエッタは別の男性と結婚し、ベートーヴェンのもとを去りました。
ただし、この献呈は最初から決まっていたわけではありません。ジュリエッタには本来ロンド ト長調 作品51-2が捧げられるはずでしたが、そのロンドを別の伯爵令嬢に贈ることになり、代わりにこのソナタが献呈されたようです。 なお、この曲の誕生をめぐって昔の尋常小学校で教えられた物語が引用されることがありますが、それは作り話です。
3つの楽章
第1楽章(アダージョ・ソステヌート) 「月光の曲」として非常に有名な楽章です。冒頭には、全曲を可能な限り繊細に、ダンパーを上げたまま演奏するようにという指示があり、現代のピアノではペダルを踏んだ状態で弾くと解釈されます。 途切れない三連符の上に付点リズムの旋律が現れ、この旋律は葬送と関係があるという見方もあります。
第2楽章(アレグレット) 暗い第1楽章と第3楽章の間をつなぐ明るい楽章で、フランツ・リストは「2つの深淵の間の一輪の花」にたとえました。
第3楽章(プレスト・アジタート) この曲で唯一ソナタ形式をとる楽章で、がっしりした構成の上に激しい感情がほとばしります。急速に駆け上がるアルペッジョの第1主題は、第1楽章の三連符の動機を速く展開したものです。 ゆっくり、軽やかに、そして激しくと、楽章が進むごとにテンポが速くなり、重心が最後の楽章に置かれているのがこの曲の特徴です。
「月光」という名前への賛否
この愛称には反対意見もありました。葬送行進曲にも近い楽章に「月光」というロマンチックな名前は誤解を招く、ばかげている、と考える評論家もいたのです。 ピアニストのエトヴィン・フィッシャーは、第1楽章がモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』で騎士長が殺された直後の場面と関係があると考え、ここにあるのはロマンチックな月光ではなく厳かな哀歌だと書きました。
一方で、名前を擁護する人もいました。大衆がこの音楽に月の光を感じなかったなら、レルシュタープの言葉はとっくに忘れられていたはずだ、というのです。 第1楽章は作曲者の生前から人気が高く、ベートーヴェンは弟子のチェルニーに「もっと良い曲も書いている」とこぼしたといいます。 同じ音を聴いて、ある人は月の光を、ある人は葬送の歌を思い浮かべる。それだけ多くのものを受け止められる音楽なのです。
『月光ソナタ』で学ぶ日本語表現
| 表現 | 意味 | 例文 |
|---|---|---|
| 心に響く | 深く感動させる | その演奏は心に響いた。 |
| 名が通る | 広く知られている | この曲は世界中で名が通っている。 |
| 嵐の前の静けさ | 大きな出来事の前の静けさ | 第2楽章は嵐の前の静けさだ。 |
| 定着する | 広く受け入れられて残る | 愛称がすっかり定着した。 |
| 時代を超える | 時が経っても価値を失わない | 名曲は時代を超えて愛される。 |
練習: 好きな曲について、「心に響く」と「時代を超える」を使って三文書いてみましょう。