作曲家とクラシック音楽
バッハからドビュッシーまで、偉大な作曲家の生涯と最初に聴きたい曲。
- ヴィヴァルディとはどんな人?『四季』を書いた「赤毛の司祭」と孤児院の楽団
アントニオ・ヴィヴァルディは、500曲以上の協奏曲を書いたヴェネツィアの司祭でヴァイオリン奏者。孤児の少女たちの楽団、貧しい最期、そして復活までを解説します。
- ヴェルディはなぜイタリアの国民的英雄なのか?「行け、わが想いよ」と30万人の葬列
ジュゼッペ・ヴェルディは家族を失う悲劇の後『ナブッコ』で成功し、名前そのものがイタリア統一の合言葉になった作曲家。伝説と事実を分けて紹介します。
- クララ・シューマンとは何者?13歳で協奏曲を書き始めた天才ピアニストの61年
クララ・シューマンは19世紀ドイツのピアニスト兼作曲家。13歳でピアノ協奏曲に着手し、61年間舞台に立ち続けた。作曲をやめた理由も解説。
- シューベルトは31年の生涯で何曲書いた?600曲を超える歌曲を残した「歌曲の王」
シューベルトは31歳で亡くなるまでに600曲を超える歌曲を書きました。生前の自作公演は一度きりで、真価が知られたのは死後のことです。
- ショパンの心臓はなぜワルシャワにあるのか?20歳で祖国を離れた「ピアノの詩人」
ショパンは1830年にポーランドを離れ、二度と戻らなかった。それでも心臓だけは故郷へ帰った。その理由と、ピアノに捧げた39年の生涯をたどる。
- ドヴォルザークはなぜ《新世界より》を書いたのか?宿屋の息子がアメリカで見た音楽
ドヴォルザークはチェコの村の宿屋に生まれた作曲家。1893年、ニューヨークで交響曲《新世界より》を書いた。その背景と生涯をたどる。
- ドビュッシーとはどんな人?『月の光』の作曲家が「印象派」と呼ばれるのを嫌った理由
クロード・ドビュッシーは『月の光』『海』『ペレアスとメリザンド』で和声の常識を変えたフランスの作曲家。印象派という呼び名を拒んだ理由と波乱の生涯。
- ハイドンはなぜ「交響曲の父」と呼ばれるのか?車大工の息子が古典派をつくるまで
ハイドンは100曲を超える交響曲を書き、エステルハージ家の楽長として約30年この形式を磨き上げたため「交響曲の父」と呼ばれます。
- パガニーニは悪魔に魂を売ったのか?噂の真相と「ヴァイオリンの魔術師」の実像
パガニーニが悪魔と契約したというのは噂にすぎない。だがその噂は死後の埋葬まで妨げた。ジェノヴァ生まれの天才の本当の姿をたどる。
- ブラームスはなぜ交響曲第1番に21年もかけたのか?ベートーヴェンの影と闘った完璧主義者
ブラームスは交響曲第1番に少なくとも14年、本人の言葉では21年をかけました。ベートーヴェンの存在を意識し、納得できない作品は捨てた完璧主義者です。
- ヘンデルはどんな人?ドイツ生まれでロンドンに『メサイア』を残した作曲家
ヘンデルはドイツ生まれのバロック作曲家。ロンドンでイタリア・オペラを書き、のちに英語のオラトリオ『メサイア』で不朽の名声を得ました。
- メンデルスゾーンとはどんな人?「結婚行進曲」の作曲家がバッハをよみがえらせた話
フェリックス・メンデルスゾーンは「結婚行進曲」の作曲家で、16歳で八重奏曲を書き、忘れられていたバッハの『マタイ受難曲』を復活させた。姉ファニーとの物語も。
- モーツァルトの「生まれた奇跡」ぶりは、どのように育てられ、どんな作品に結実したのか?
モーツァルトは、父に「生まれた奇跡」と呼ばれるほど幼い頃から才能を開花させ、ヨーロッパ巡業とウィーンでの自由な活動を通じて900曲以上の多様な作品を残しました。その人生を3つのステージに分けて整理しつつ、彼を題材に英語・ドイツ語で語る簡単フレーズも紹介します。
- ヨハン・シュトラウス2世はなぜ「ワルツ王」?『美しく青きドナウ』を生んだ人
ヨハン・シュトラウス2世は『美しく青きドナウ』をはじめ500曲以上の舞曲を書き、ワルツをウィーンの音にしました。銀行員にしたかった父に反対されながらの道のりを解説します。
- ヨハン・ゼバスティアン・バッハの人生の転機はどこにあり、どう外国語で語ればよいか?
ヨハン・ゼバスティアン・バッハの生涯の主な転機を年表的に整理し、その事実を英語で説明するための基本フレーズとミニ練習問題を紹介します。
- リストはなぜ「ピアノの魔術師」と呼ばれた?熱狂リストマニアと35歳の引退
フランツ・リストは1840年代に「リストマニア」と呼ばれる熱狂を起こしたハンガリー出身のピアニスト。ソロ・リサイタルを始め、35歳で演奏旅行から退いた。
- ロッシーニはなぜ37歳でオペラをやめた?『セビリアの理髪師』の作曲家
ジョアキーノ・ロッシーニは『セビリアの理髪師』『ウィリアム・テル』など39のオペラを書き、37歳ごろにオペラから退いて、その後約40年を生きました。何があったのかを解説します。
- ロベルト・シューマンの生涯:指の故障から「歌の年」、そしてエンデニヒへ
ロベルト・シューマンはドイツ・ロマン派の作曲家で音楽評論家。指の故障でピアニストを断念し、《子供の情景》や歌曲を残して46歳で亡くなった。
- 日本ではなぜ年末に「第九」を演奏するのか?ベートーヴェン最後の交響曲がたどった道
日本では年末にベートーヴェンの第九が各地で演奏されます。第一次大戦中の捕虜収容所での紹介から、耳の病と闘った作曲家の物語までを解説します。
- 白鳥の湖の初演はなぜ失敗したのか?チャイコフスキーの生涯と名曲の逆転劇
1877年の白鳥の湖初演は「交響的すぎる」と酷評されました。遅咲きの作曲家チャイコフスキーの生涯と、名曲が評価を覆すまでを解説します。