ヨハン・ゼバスティアン・バッハの人生の転機はどこにあり、どう外国語で語ればよいか?
ヨハン・ゼバスティアン・バッハの生涯の主な転機を年表的に整理し、その事実を英語で説明するための基本フレーズとミニ練習問題を紹介します。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハの人生の転機として、10歳のときに父母を相次いで失い兄ヨハン・クリストフの家に引き取られた出来事が挙げられます。
さらに、1703年にアルンシュタットの教会のオルガニストに就任したことや、1717年にアンハルト=ケーテン侯国の宮廷楽長としてケーテンに移ったこと、1723年にライプツィヒの聖トーマス教会のカントルに就任したことも大きな節目といえます。
これらの事実を押さえると、バッハの生涯を外国語で説明するときの「柱」を立てやすくなります。
1. バッハの基本情報を外国語でつかむ
バッハは1685年3月31日(ユリウス暦1685年3月21日)に生まれた。
バッハはドイツの作曲家かつオルガニストである。
バロック音楽の重要な作曲家の一人と評価されている。
鍵盤楽器の演奏家として高名であり即興演奏の大家として知られていた。
バッハ一家は音楽家の家系であり多くの音楽家を輩出した。
通常「バッハ」と言えばヨハン・ゼバスティアン・バッハを指す。
バッハは1750年7月28日に没した。
これらの文は、そのまま英語や他の外国語に置き替えることで、自己紹介のようにバッハを語るときの基本フレーズになります。
2. 幼少期と学びの場を年表で見る
バッハはアイゼナハで生誕した。
バッハは生後まもなく幼児洗礼を受けた。
10歳のときに父母を相次いで失い、兄ヨハン・クリストフの家に引き取られた。
1692年にラテン語学校に入学し、聖歌隊に所属していた。
1700年にリューネブルクの聖ミカエル学校に移り、合唱団の聖歌隊員となった。
年と出来事をセットで覚えると、「When he was ten, he lost his parents.」のように年齢や学校生活を外国語で説明しやすくなります。
3. 職業音楽家としての転機
1700年にリューネブルクの聖ミカエル学校に入学した。
1703年にアルンシュタットの教会のオルガニストに就任した。
1705年から1706年にかけてリューベックでブクステフーデの音楽を聴いて影響を受けた。
1707年にミュールハウゼンの聖ブラジウス教会のオルガニストに就任した。
同年マリア・バルバラと結婚した。
1717年にアンハルト=ケーテン侯国の宮廷楽長としてケーテンに移った。
ケーテン時代には世俗音楽を多く作曲した。
1720年に最初の妻マリア・バルバラが急死した。
1721年にアンナ・マクダレーナ・ヴィルケと再婚した。
1723年にライプツィヒの聖トーマス教会のカントル(トーマスカントル)に就任した。
このように職の移動や家庭の出来事を時系列で整理すると、「In 1717 he became Kapellmeister in Köthen.」のようなフレーズを自分で組み立てやすくなります。
4. ライプツィヒ時代と作品の広がり
ライプツィヒでは年毎の教会カンタータ作曲を行い大学の音楽団体のための作品も作った。
バッハは多くのカンタータ、器楽曲、鍵盤曲、オルガン曲、合唱曲を作曲した。
生涯にわたり対位法やフーガに優れた技術を示した。
こうした特徴を一文ずつ押さえることで、「He wrote many cantatas and organ works.」「He was a master of counterpoint.」といった表現に自然につなげることができます。
5. 死後の評価とメンデルスゾーンの役割
バッハは1750年にライプツィヒで死去した。
死後数十年の間、主にオルガニストとして認識されていた。
1829年のメンデルスゾーンによる『マタイ受難曲』の演奏がバッハ再評価のきっかけとなった。
この流れを知っておくと、「For some decades after his death, he was known mainly as an organist.」「In 1829 his music was rediscovered.」のような歴史的説明も外国語で組み立てやすくなります。
6. 主要な年と英語フレーズの対応表
| 年 | 出来事(日本語) | 英語フレーズ例 |
|---|---|---|
| 1685年 | バッハは1685年3月31日(ユリウス暦1685年3月21日)に生まれた。 | Bach was born in 1685. |
| 1703年 | 1703年にアルンシュタットの教会のオルガニストに就任した。 | In 1703 he became an organist in Arnstadt. |
| 1717年 | 1717年にアンハルト=ケーテン侯国の宮廷楽長としてケーテンに移った。 | In 1717 he moved to Köthen as Kapellmeister. |
| 1723年 | 1723年にライプツィヒの聖トーマス教会のカントル(トーマスカントル)に就任した。 | In 1723 he became Thomaskantor in Leipzig. |
| 1750年 | ライプツィヒで死去した。 | He died in Leipzig in 1750. |
このように、日本語の事実一文と対応する英語一文をセットで作ると、覚えやすく応用もしやすくなります。
ミニ練習問題(この文章で作ったオリジナル)
※以下は学習用の例文であり、実際の発言として紹介するものではありません。
問題:
- 次の二つの事実を使って、英語でそれぞれ一文ずつ書いてみてください。日本語の内容はこのページで確認した事実だけです。
- バッハはドイツの作曲家かつオルガニストである。
- バッハは多くのカンタータ、器楽曲、鍵盤曲、オルガン曲、合唱曲を作曲した。
例示的な解答:
Bach was a German composer and organist.He wrote many cantatas, instrumental pieces, keyboard works, organ works, and choral pieces.
短い解説:それぞれ日本語の一文に対して、英語でも一文だけに情報をまとめています。こうして「一事実=一文」という形を意識すると、出典を確認しながら正確な外国語表現を組み立てやすくなります。
7. 今日のひとこと課題
バッハの生涯から一つ年を選び、その年に起こった出来事を日本語で一文、英語で一文の合計二文でノートに書いてみてください。出典として、このページのどの文を参照したかも日本語でメモしておく形で試してみてください。