命をつなぐ「続きはまた明日」:シェヘラザードと『千夜一夜物語』の成り立ちをひもとく
『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』は、シェヘラザードが王に語る枠物語でまとめられた中東の説話集。あらすじ、有名な話、起源、影響を解説。
『千夜一夜物語』(英語では『アラビアン・ナイト』)は、イスラムの黄金時代にアラビア語でまとめられた中東の民話集です。全体を一つの有名な「枠物語」が包んでいます。毎日新しい花嫁を迎えては翌朝に処刑していた残酷な王シャフリヤールのもとへ、聡明な娘シェヘラザードが嫁ぎ、夜明け前に決して話を終わらせない物語を語り続けることで、殺戮を止めるのです。 その枠の中には、恋愛、冒険、悲劇、喜劇、犯罪の話、魔神(ジン)や魔法使いや不思議な土地の話が詰まっていて、実在の町や支配者がしばしば混ざり込みます。 一冊の本というより、何世紀もかけて育ってきた「生きた図書館」のような作品です。
作者はだれか:だれでもなく、大勢でもある
『千夜一夜物語』には決まった作者がいません。西アジア、中央アジア、南アジア、北アフリカにわたる語り手や翻訳者、学者たちが、何世紀もかけて集めてきたものです。 古代や中世のアラビア、ペルシャ、メソポタミアの文学にさかのぼる話もありますが、多くはアッバース朝やマムルーク朝の時代の民話でした。
枠物語には別の来歴があります。最も古い記録は、この作品をペルシャ語の本『ハザール・アフサーン』(「千の物語」)のアラビア語訳だと説明しています。10世紀のバグダッドで書物の目録を作ったイブン・ナディームは、その筋書きを「血に飢えた王が妻を次々に殺すが、ある妻が毎晩話を途中で止めることで生き延びる」とまとめています。 ただしこのペルシャ語の本は一冊も残っておらず、のちのアラビア語版との正確な関係はわかっていません。 さらに、枠物語や動物寓話はサンスクリット文学によく見られる形で、物語を語って危険を先延ばしにする賢い娘というモチーフもインドの資料にたどれるとされています。
そして「原典」もありません。決まった話が決まった順に並ぶ正典のような写本は見つかっておらず、版によって数百夜しかないものから、千一夜かそれ以上のものまであります。 現存する最古の断片は9世紀の数行で、題は『千夜の物語の書』。『千一夜』という完全な題名が初めて現れるのは12世紀のカイロです。
枠物語のあらすじ
ペルシャからインドまでを治める王シャフリヤールと、その弟シャーザマーンは、どちらも妻に裏切られていたことを知ります。深く傷ついたシャフリヤールは「女はみな同じだ」と思い込み、毎日若い娘と結婚しては、裏切られる前に翌朝処刑するようになります。
花嫁を探す役目の大臣は、ついに差し出す娘がいなくなります。そこで大臣の娘シェヘラザードが自ら名乗り出て、父はしぶしぶ承知します。婚礼の夜、彼女は物語を語り始めますが、最後まで語りません。結末が知りたくてたまらない王は、処刑を延ばします。次の夜、彼女はその話を終えるとすぐに別の話を始め、こうして千と一夜が過ぎていきます。
結末は版によって細部が違いますが、王がシェヘラザードを許し、命を助けるという点はどれも同じです。その間に彼女が王の子を産んでいたとする版もあり、最も古い要約では、彼女が自分の策略を打ち明け、感心した王が彼女を生かしたことになっています。
よく知られた話と、意外な事実
主な版のすべてに共通して入っている話の小さな核があり、「漁師と魔神」「商人と魔神」「荷かつぎと三人の女」「三つのりんご」などがそれにあたります。 「三つのりんご」はどんでん返しと探偵小説の要素を持つ殺人ミステリーで、推理小説の源流がシャーロック・ホームズよりずっと古いことを教えてくれます。
ここで多くの人が驚く事実があります。『千夜一夜物語』と聞いてだれもが思い浮かべる「アラジンと魔法のランプ」と「アリババと四十人の盗賊」は、もともとのアラビア語版には入っていませんでした。フランス語に翻訳したアントワーヌ・ガランが、1709年にパリを訪れたシリアの作家ハンナ・ディヤーブから聞いて加えたものです。 「船乗りシンドバッドの七つの航海」も、もとは独立した話で、のちの写本や翻訳で取り込まれました。
主な登場人物
- シェヘラザード:大臣の娘。知恵と語りの力で自分の命を守り、処刑を止めることでほかの娘たちの命も救います。
- シャフリヤール:深く傷つき暴君となった王。最後には好奇心が残酷さに勝ちます。
- ハールーン・アッラシード:実在したアッバース朝のカリフで、宰相ジャアファルとともに多くの話に登場します。ただし枠物語の時代よりおよそ200年後の人物です。
語りのしかけ
この作品は「枠物語」の早い時期の代表例で、一人の語り手が何夜にもわたって物語を語ります。 さらに「物語の中の物語」も多用されます。シェヘラザードの話の登場人物が別の話を語り始め、その中の人物がまた別の話をする、という入れ子の構造です。たとえば「船乗りシンドバッド」では、シンドバッドが同じ名前の貧しい荷かつぎに七つの航海を語って聞かせます。
シェヘラザードの「引き」は、いまの感覚とは少し違います。主人公が命の危機にある場面で切ることもあれば、哲学の議論の途中や、一度は人体の詳しい解剖の説明の途中で止めることもあります。それでも王の好奇心は、彼女にもう一日を与えるのです。 多くの話には「運命」という考えが流れていて、偶然の一致や、自らを実現してしまう予言がたびたび使われます。
物語が伝えるもの
枠物語は、ひとつには単純な「続きが気になる」しかけです。けれども同時に、物語そのものの力についての物語でもあります。シェヘラザードには武器も軍隊もありません。あるのは知識と記憶、そして間の取り方です。王が女性について抱いていたたった一つの苦い物語を、彼女は夜ごとに、人間の多様さに満ちた何百もの物語で置き換えていき、暴力の連鎖は止まります。
世界への広がり
ヨーロッパでこの作品が有名になったのは、1704年から刊行されたガランのフランス語訳のおかげです。たちまち評判となり、その世紀の終わりまでに英語、ドイツ語、イタリア語、オランダ語、ロシア語などに訳されました。 アラジン、シンドバッド、アリババは西洋の文化的アイコンとなり、1992年のディズニーのアニメ映画『アラジン』もこの話をゆるやかにもとにしています。 1982年からは、国際天文学連合が土星の衛星エンケラドゥスの地形に、バートンの英訳に出てくる人物や地名をつけています。
読むときは、全部の夜を順番に読もうとしなくてかまいません。まず枠物語を読み、そのあと「漁師と魔神」「三つのりんご」、シンドバッドの航海へと進むのがおすすめです。アラジンの話は成り立ちが特殊なので、版によっては別の巻や別の章に収められていることも覚えておきましょう。
『千夜一夜物語』で学ぶ日本語の表現
| 表現 | 意味 | 例文 |
|---|---|---|
| 開けゴマ | 扉を開ける魔法の言葉、または突破口 | パスワードは開けゴマみたいに簡単じゃない。 |
| 魔法のランプ | 願いを何でもかなえてくれるもの | 魔法のランプがあったら何を願う? |
| 空飛ぶじゅうたん | 夢のような乗り物や体験 | 空飛ぶじゅうたんがあれば渋滞も平気だ。 |
| 続きが気になる | 話の先が知りたくてたまらない | このドラマは毎回続きが気になる終わり方をする。 |
| 寝物語 | 寝る前に聞かせる話 | 祖母の寝物語が楽しみだった。 |
練習: 「続きが気になる」を使って、話の途中で終わる短い物語を日本語で三文書いてみましょう。