アーサー王は実在したのか?最古の史料と「伝説が始まった場所」を分けて読む
実在を証明する確かな証拠はありません。最初の言及は活躍したとされる時代の約300年後で、そこでも「王」ではなく戦闘指揮官。円卓や聖剣は後世の物語です。
結論を先に言うと、アーサー王が実在したことを示す確かな証拠はありません。アーサー王物語として知られる話のほとんどは民間伝承や創作によるもので、実在したかどうかは今も歴史家の議論が続いています。 ただ、議論の流れははっきりしていて、現在の専門家の多くはアーサーを歴史上の人物ではなく、神話や民間伝承の登場人物と見なしています。 この記事では、史料に現れる「戦いの指揮官アーサー」と、のちの物語の「伝説の王アーサー」を、きちんと分けて見ていきます。
いちばん近い証人は沈黙している
ある人物が実在したかを確かめるには、その時代にいちばん近い史料を見るのが基本です。アーサーが活躍したとされるのは6世紀の初めごろ。その時代に書かれた重要な史料が、6世紀の修道士ギルダスの『ブリタニアの略奪と征服』です。この本はバドニクス山(ベイドン山)の戦いの記憶がまだ残る時代に書かれ、戦いそのものは記録しているのに、アーサーについては何も書いていません。
ギルダスが名前を挙げて称えているのは、アンブロシウス・アウレリアヌスという別の指導者です。 さらに『アングロサクソン年代記』にも、8世紀のベーダの歴史書にも、アーサーは出てきません。 サクソン人を打ち破った英雄が本当にいたのなら、近い時代の書き手たちがそろって名前を書き落としたことになり、それはとても不自然です。
最初に登場するアーサーは「王」ではない
アーサーの名がはっきり現れる最初の史料は、9世紀のラテン語の歴史書『ブリトン人の歴史』です。ウェールズの修道士ネンニウスの作とされ、アーサーがブリトン人の王たちとともにサクソン人と12回戦い、最後のバドニクス山の戦いでは一度の襲撃で一日に960人を倒して大勝利を収めた、と書かれています。
ここで大事なのは、アーサーが「王」とは呼ばれていないことです。初期の史料では、彼は王たちと並んで戦う「戦闘指揮官(ドゥクス・ベロールム)」でした。 しかも一日に960人という数字は、記録というより英雄譚の誇張に近いものです。この本は、アーサーが活躍したとされる時代から300年以上もたってから書かれました。
年代記の日付は確かな証拠になるか
10世紀の『カンブリア年代記』もアーサーをバドニクス山の戦いと結びつけ、モードレッドとアーサーが討ち死にしたカムランの戦いの年も記しています。 かつてはこれが『ブリトン人の歴史』の内容を裏づける証拠とされてきましたが、年代記を補強の材料に使うことにはいくつもの問題が指摘されています。 アーサーの名を記すほかの史料と同じく、この年代記も出来事から少なくとも400年後に書かれたものだからです。
ウェールズの古い詩『ア・ゴドズィン』には、ある勇敢な戦士を称えたあとで「だが彼はアーサーではなかった」という意味の一節があります。 アーサーが早くから有名な英雄の名前だったことはわかりますが、詩の比較は歴史の記録とは別物です。
考古学も答えを出せていない
12世紀以降、多くの遺跡が「アーサーの時代のもの」とされてきましたが、年代のはっきりした碑文を調べても、名前以上のことは何もわかっていません。1998年にコーンウォールのティンタジェル城跡で見つかった「アーサーの石」も話題になりましたが、実際にはアーサーとは無関係だと証明されています。 有名な「グラストンベリーの十字架」をはじめ、アーサーに関する碑文はどれも偽作の疑いをまぬがれていません。
歴史家たちの見方の変化
20世紀のなかごろまでは、アーサー実在説にも力がありました。けれども歴史家トーマス・チャールズ=エドワーズは「現段階では、アーサーという人物はいたかもしれない、としか言いようがない」と述べ、これが近年の一般的な見解になっています。 2013年には歴史家ガイ・ハルソールが、学界では懐疑派がはっきり勝ったと報告しました。
なかには、アーサーはもともと半ば忘れられたケルトの神のような存在で、のちに歴史上の出来事と結びつけられたのだと考える学者もいます。 一方、アーサーのモデルとして、2世紀のローマ軍人ルキウス・アルトリウス・カストゥスや、5世紀にガリアへ遠征したブリトン人の王リオタムスなどの名も挙げられていますが、どれも決め手に欠けます。
伝説の王が生まれた場所
今のアーサー像を作り出したのは、12世紀のジェフリー・オブ・モンマスです。1138年ごろに完成した『ブリタニア列王史』は、アーサーの生涯を初めて一つの物語として書いた本ですが、その多くは著者の空想が占めています。 それでもこの本は大人気となり、現存する写本は200部を超えます。この人気が、のちの中世のアーサー王伝説の発展に大きな影響を与えました。
その後の物語では、台座に刺さった剣を引き抜いて王になる話、湖で聖剣エクスカリバーを手に入れる話、キャメロット城を拠点に円卓の騎士を集める話が加わっていきます。 そしてランスロットと王妃グィネヴィアの不義によって円卓は崩れ、反逆したモードレッドとの戦いで傷ついた王は、アヴァロンの島へ去ったと語られます。 こうした場面はすべて伝説の世界のもので、史料が伝える「戦いの指揮官」とは別の存在です。
では、アーサー王はいたのか
答えは二つに分かれます。歴史上の人物としてのアーサーは、証明されていません。いちばん近い証人は黙っていて、名前を記した文書はどれも数百年後のものです。けれども伝説としてのアーサーは、ウェールズの英雄から帝国を築く王へ、さらに円卓の騎士を率いる理想の君主へと姿を変えながら、千年以上生き続けてきました。もし名前の裏に実在の人物がいたとしても、それはおそらく地方の戦いの指揮官であって、聖剣を持つ王ではなかったでしょう。
アーサー王で覚える日本語表現
| 表現 | 意味 | 例文 |
|---|---|---|
| 伝説と化す | 語り継がれる特別な存在になる | 彼の活躍は伝説と化した。 |
| 尾ひれがつく | 話が大げさに広がる | うわさに尾ひれがついて広まった。 |
| 真偽のほどは定かでない | 本当かどうかはっきりしない | その話の真偽のほどは定かでない。 |
| 一枚岩 | 強く団結していること | 円卓の騎士も一枚岩ではなかった。 |
| 白黒をつける | 正しいか間違いかをはっきりさせる | 実在かどうか白黒をつけるのは難しい。 |
練習問題: 「尾ひれがつく」「真偽のほどは定かでない」を使って、あなたの国の伝説について三文で書いてみましょう。