ドストエフスキーはなぜ借金に追われたのか?賭博癖と『賭博者』26日間の口述筆記

ドストエフスキーはなぜ借金に追われたのか?賭博癖と『賭博者』26日間の口述筆記

ドストエフスキーはルーレットで大金を失い、借金返済のため『賭博者』をわずか26日で口述しました。死刑台から生還した作家の波乱の人生を解説します。

ドストエフスキーが借金に追われた大きな理由は、家族の死による扶養の重荷と、深刻な賭博癖でした。1864年に最初の妻と兄ミハイルを相次いで亡くし、義理の息子と兄の家族を背負うことになったうえ、ヴィースバーデンやバーデン=バーデンのルーレットで大金を失っていたのです。 その窮地のなかで生まれたのが、『罪と罰』と、わずか26日で口述された小説『賭博者』でした。

死刑台から生還した作家

フョードル・ドストエフスキーは1821年11月11日、モスクワで医師の家に生まれ、貧しい人々のためのマリインスキー病院の敷地内で育ちました。 1846年のデビュー作『貧しき人びと』は、批評家ベリンスキーに「ロシア初の社会小説」と絶賛されます。

しかし社会主義思想を語り合うペトラシェフスキー・サークルに加わったことで、1849年に逮捕され、死刑を宣告されました。同年12月23日、サンクトペテルブルクのセミョーノフスキー練兵場で銃殺を待っていたその瞬間、皇帝の減刑の書状が読み上げられたのです。 その後シベリアのオムスクの監獄で4年間の強制労働に服し、さらに兵役につきました。この体験は『死の家の記録』や、のちの『白痴』に描かれています。

不幸が重なった1860年代

流刑先で結婚した最初の妻マリアとの生活は幸せとは言えないものでした。そして1864年、その妻と、最も信頼していた兄が同じ年に亡くなります。義理の息子と兄の家族の生活が、すべて彼の肩にかかりました。 同じ年に発表した『地下室の手記』は、理性に逆らい続ける男の独白で、実存主義文学の先駆けの一つとされています。

若き日の喪失と最初の成功

少年時代のドストエフスキーは、乳母が読み聞かせる英雄譚やおとぎ話に夢中になり、母から聖書で文字を習いました。しかしその母は1837年に結核で亡くなり、父も1839年に世を去ります。公式の死因は脳卒中でしたが、隣人が農奴による殺害だと訴え、裁判で農奴は無罪となったものの、その噂は家族のなかで語り継がれました。 父の死という主題は、のちに最後の大作の中心に置かれることになります。

彼はサンクトペテルブルクの陸軍工兵学校で学び、1843年に技師として働き始めました。最初に完成させた文学作品は、バルザックの小説『ウジェニー・グランデ』のロシア語訳です。 偉大な小説家が、他人の文章を翻訳することから修業を始めたというのは、語学を学ぶ人にとって励みになる事実ではないでしょうか。

『罪と罰』の成功、それでも足りない

1866年、雑誌『ロシア報知』に『罪と罰』の連載が始まりました。貧しい元大学生ラスコーリニコフが金貸しの老婆を殺し、良心の呵責に苦しむ物語で、連載によって雑誌は少なくとも500人の新規購読者を得たといいます。 ところが、その原稿料を得ても借金は消えませんでした。

ラスコーリニコフは「非凡な人間はナポレオンのように道徳の一線を越えてもよい」という理論を抱いていますが、罪の意識に押しつぶされ、その理論は崩れていきます。最初に告白する相手は、家族のために身を売る娘ソーニャでした。物語はシベリアで終わり、8年の徒刑を受けた主人公はソーニャの存在によって少しずつ変わり始めます。 シベリアを知る作者ならではの結末です。

26日間で書き上げた『賭博者』

彼は出版者ステロフスキーと、1866年11月までに新作長編を渡すという契約を結んでいました。期限が迫っても一行も書いていません。友人の勧めで速記者を雇うことになり、紹介されたのが20歳の学生アンナ・スニートキナでした。彼女に口述筆記してもらい、『賭博者』はわずか26日で完成します。

二人は1867年2月に結婚しました。借金取りから逃れるように国外へ出た新婚旅行は4年以上に及び、そのあいだもバーデン=バーデンで再びお金を失いました。それでも彼は旅先で『白痴』を書き上げ、『悪霊』に取りかかります。1871年4月、ヴィースバーデンの賭博場を訪れたのが最後になりました。

晩年と世界への影響

最後の長編『カラマーゾフの兄弟』は1879年から1880年にかけて発表されました。1880年6月、モスクワのプーシキン記念像の除幕式で行った演説は熱狂的な拍手で迎えられています。翌1881年2月9日、59歳でサンクトペテルブルクに没しました。

彼の作品は170以上の言語に翻訳され、チェーホフ、カミュ、サルトルらに影響を与えました。ニーチェは彼を「私が何かを学ぶことのできた唯一の心理学者」と呼んでいます。 破滅の淵に何度も立った人だからこそ、人間の弱さと救いをあれほど深く描けたのかもしれません。

題名に隠れたロシア語

『罪と罰』の「罪」にあたるロシア語プレストゥプレーニエは、文字どおりには「境界を踏み越えること」を連想させる言葉です。 一つの単語に作品のテーマが詰まっている。外国語を学ぶ面白さは、こうした発見にもあります。

ドストエフスキーで学ぶ日本語表現

表現 意味 例文
借金に追われる 返済に苦しめられる 彼は長年借金に追われていた。
九死に一生を得る 危ないところで助かる 処刑直前に九死に一生を得た。
締め切りに間に合う 期限までに終える 口述筆記で締め切りに間に合った。
良心の呵責 悪いことをした苦しみ 主人公は良心の呵責に苦しむ。
踏み越える 越えてはいけない線を越える 彼は一線を踏み越えてしまった。

練習しよう: 「締め切りに間に合う」と「九死に一生を得る」を使って、自分の経験を日本語で3文書いてみましょう。

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