『ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯』のあらすじ|盲人と少年から始まる最初のピカレスク小説

貧しい少年ラーサロが盲人、けちな司祭、落ちぶれた従士に仕えて生き抜く物語。あらすじ、結末、禁書になった理由をわかりやすく解説します。

『ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯』は、貧しい家に生まれた少年ラーサロが、盲目の男をはじめ次々と主人を替えながら飢えをしのぎ、ずる賢く生き抜いていく物語です。16世紀のスペインで作者不明のまま出版され、一人称の自伝の形で語られる、最初のピカレスク小説とみなされています。 作品全体は、目上の人物「閣下(Vuestra Merced)」にあてた一通の長い手紙という形をとっています。

主人公ラーサロの生い立ち

ラーサロ(愛称ラサリーリョ)はサラマンカのテハーレスという村の出身で、父トメ・ゴンサーレスと母アントーナ・ペレスの子として、トルメス川の真ん中で生まれました。 「デ・トルメス」という名字は、この川から来ています。父は川で粉ひき小屋を営んでいましたが、窃盗の容疑で捕らえられ、のちに戦いで命を落とします。

母は息子を一人で育てていましたが、ある日、盲目の男がラーサロを手引きとして引き取りたいと申し出て、少年は親元を離れることになります。 ここから第七話まで、一話ごとに新しい主人に仕える話が続きます。

第一話・第二話:盲人とけちな司祭

盲人は最初に、少年をだまして石の雄牛に頭をぶつけさせます。この残酷ないたずらで、ラーサロは世の中の悪意に目覚めます。 その後の二人は、ぶどうの房やワインのつぼをめぐって知恵比べをくり返し、最後にラーサロは盲人を石の柱に飛び込ませて仕返しをし、逃げ出します。

次の主人はマケーダの司祭で、盲人よりもさらに食べ物をくれません。パンは木の箱に鍵をかけてしまってあるので、ラーサロは旅の鋳掛け屋から合い鍵を手に入れ、ネズミのしわざに見せかけてパンをかじります。 ところが、寝ている間に口の中に隠した鍵が息で鳴り、蛇だと思った司祭に暗闇で殴られて、すべてがばれてしまいます。

第三話:気位だけは高い従士

三人目の主人は、貧乏なのに気位だけは高い従士です。 優しく接してはくれるものの、何も持っていないので、最後には少年が物乞いでもらってきたパンのかけらを分けてもらう始末です。結局、従士は町から姿を消し、ラーサロはまた一人になります。 見栄ばかりを大事にする貴族への皮肉として読まれる場面です。

第四話から第七話、そして結末

ラーサロはさらに、メルセード会の修道士、人をだます贖宥状(免罪符)売り、司祭(チャプレン)、捕方に仕えます。 贖宥状売りの話では、町の役人と組んでにせの奇跡を演じ、人々に贖宥状を買わせる詐欺が描かれます。

最後にラーサロは、ある聖職者に仕えていた女中と結婚し、トレドで「触れ役」という役職に就いて物語は終わります。 しかし結婚後も、妻とその聖職者の仲についてのうわさは消えません。 飢えていた少年は、見て見ぬふりをすることで、ようやくパンと住まいを手に入れたのです。この苦い結末こそが、作品が今も古びない理由でしょう。

なぜ禁書になったのか

聖職者を批判する部分がスペインの異端審問に問題視され、1573年には第四話と第五話などを削った版が出されました。 作品に登場する主人のうち五人が教会に仕える人物で、物語は教えそのものではなく、教会の偽善を突いています。 それでも人気は止まらず、1560年にフランス語、1576年に英語、1617年にドイツ語、1622年にイタリア語に訳されて各地で出版されました。

作者はだれか

作者は今もわかっていません。異端審問を恐れて匿名にしたとも考えられています。歴史家ディエゴ・ウルタード・デ・メンドーサの作とされた時期や、修道士フアン・デ・オルテガが書いたという説もあります。 2010年に古文書学者メルセデス・アグリョが公表した資料はウルタード・デ・メンドーサ説を支え、2023年にはフアン・デ・バルデス説も唱えられました。

現存する最古の版は1554年のもので、アルカラ・デ・エナーレス、ブルゴス、メディナ・デル・カンポ、アントウェルペンの四か所で出版されました。それ以前に失われた初版があったと考えられています。

マグロになったラーサロ?ふたつの続編

人気の高さは、すぐに続編を生みました。初版の翌年の1555年、アントウェルペンで別の匿名作者による続編が出ています。 そこではラーサロが妻子をトレドに残して軍に加わり、乗った船が沈みます。沈む前にワインをたらふく飲んでいたため体に水が入らず、海の底で生き延びたラーサロは、やがてマグロに姿を変えてしまうという奇想天外な話です。

1620年にはフアン・デ・ルナがパリで別の続編を出し、序文で「ラーサロがマグロになった」という本をうそだと皮肉っています。 20世紀には、ノーベル文学賞作家カミーロ・ホセ・セラも『ラサリーリョ・デ・トルメスの新しい遍歴』を書きました。

その後の影響

この作品は、それまでスペインで流行していた理想主義的な騎士道物語へのパロディ、あるいは反動として広く読まれました。 その後、マテオ・アレマンが1599年に『グスマン・デ・アルファラーチェ』を書き、フランシスコ・デ・ケベードの『ドン・パブロスの生涯』へとピカレスク小説は受け継がれていきます。

スペイン語そのものにも足跡を残しました。盲人の手を引いた少年にちなんで、lazarillo は「目の不自由な人の案内役」を意味するようになり、盲導犬はくだけた言い方で perro lazarillo と呼ばれます。 日本語では会田由訳の岩波文庫などで読むことができます。

この作品で学ぶ日本語表現

表現 意味 例文
見て見ぬふりをする 気づいていても知らないふりをする ラーサロはうわさに見て見ぬふりをした。
知恵比べ どちらが賢いかを競うこと 盲人と少年の知恵比べが続いた。
食うや食わず 生活がとても苦しいこと 少年は食うや食わずの毎日を送った。
身から出たさび 自分の行いが原因で苦しむこと 盲人が柱にぶつかったのは身から出たさびだ。
世間の荒波にもまれる 社会の厳しさを経験する ラーサロは幼くして世間の荒波にもまれた。

練習: 「見て見ぬふりをする」と「知恵比べ」を使って、ラーサロの物語を三文で紹介してみましょう。

この人物で外国語を学ぶ

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