ゴヤ『我が子を食らうサトゥルヌス』は何を描いた絵なのか?食堂の壁に描かれた「黒い絵」の謎

ゴヤが自宅の食堂の壁に描いた『我が子を食らうサトゥルヌス』。神話の内容、絵が語るもの、さまざまな解釈、そして壁画がプラド美術館に届くまでを解説します。

『我が子を食らうサトゥルヌス』は、ギリシア神話の巨神クロノス(ローマではサトゥルヌス)が、自分の子に王座を奪われるという予言を恐れて子どもを食べてしまう場面を描いた絵だと、伝統的に考えられてきました。 ただし、ゴヤはこの絵に題名もメモも残していません。人に見せるつもりのない、自宅の壁に描いた作品だったからです。そのため、何を描いたのかについては今も意見が分かれています。 スペインの巨匠フランシスコ・デ・ゴヤが1820年から1823年に制作した壁画「黒い絵」の1点で、現在はマドリードのプラド美術館に展示されています。

「聾者の家」と黒い絵

1819年2月、ゴヤはマンサナーレス川にかかるセゴビア橋の近くに、レンガ造りの2階建ての家を買いました。この家はゴヤの死後、「キンタ・デル・ソルド(聾者の家)」と呼ばれるようになります。 名前の由来は以前の住人が耳の不自由な人だったことですが、ゴヤ自身も1792年の高熱のあと耳が聞こえなくなっていました。

X線調査によると、ゴヤは最初、この家の壁に穏やかな山の風景を描いていました。ところがそのほとんどを描き終えた段階で、黒と褐色の絵の具を使い、戦慄するような「黒い絵」へと塗り替えていったのです。 その理由は、1821年以降のスペインの政治的な混乱の中で、革命の敗北への暗い予感や、革命政府と民衆のすれ違いへの絶望を抱いたためだと考えられています。

食事をしながら眺めた絵

この絵が描かれたのは、1階の食堂でした。伝統的には『レオカディア』の向かい側にあったとされてきましたが、研究者ナイジェル・グレンディニングは、壁から外される前の写真の光の具合から、『二人の老人』の向かい側だったという新しい説を出しています。 どちらにしても、ゴヤはこの血なまぐさい絵を眺めながら食事をしていたことになります。

絵には何が描かれているのか

暗闇から巨大な人物がぬっと現れ、人の体にかじりついています。頭と左腕の一部はすでになく、巨人はさらに腕にかみつこうとしています。口は大きく開き、目は飛び出さんばかりです。 画面で明るいのは、食べられている体の白い肌と赤い血、そして体に指を食い込ませる巨人の白い指の関節くらいです。

じつは神話そのものは、この絵ほど残酷ではありません。サトゥルヌスは生まれた子どもを丸のみにし、妻が赤ん坊のユーピテルの代わりに産着で包んだ石を渡すと、のみ込んだ子どもたちを生きたまま吐き出したとされます。 ゴヤの巨人は、のみ込むのではなく引き裂いているのです。

何を意味しているのか

ゴヤが説明を残さなかったため、さまざまな解釈が生まれました。若さと老いの対立、すべてを食い尽くす「時」、神の怒り、そして戦争や革命で自分の子どもたちを食いつぶす祖国スペインのたとえ、などです。 ゴヤの6人の子どものうち、大人まで生きたのは息子のハビエルだけだったことから、家族との関係に結びつける説もあります。

研究者フレッド・リクトは、伝統的な題名そのものが誤解を招くかもしれないと指摘しています。サトゥルヌスにつきものの鎌や砂時計が描かれておらず、食べられている体も赤ん坊には見えないからです。 「黒い絵」の題名は、どれもゴヤの死後に他人がつけたものでした。

ルーベンスのサトゥルヌスとの違い

同じ題材は、フランドルの画家ルーベンスも描いています。ゴヤはおそらくその絵を見たことがあったと考えられますが、どこまで影響を受けたかはわかっていません。 ルーベンスのサトゥルヌスが冷静に計算して行動し、子どもがはっきりと苦しんでいるのに対し、ゴヤのサトゥルヌスは狂気にかられ、食べられている体はすでに息絶えています。

若いころの素描との違い

ゴヤがこの題材を描いたのは、実は初めてではありません。1796年から1797年にかけて、彼は同じ主題をチョークで素描しています。そこには、一人の脚にかみつきながら別の一人をつかんでいる人物が描かれていますが、後の壁画のような血なまぐささや狂気はありません。 素描から食堂の壁画までのおよそ20年の間に、ゴヤの中で何かが大きく変わったことがうかがえます。

さらに、食べられている体が男性なのか女性なのかも、はっきりとは判断できません。 そのため、同居していた家政婦で恋人だった可能性もあるレオカディア・ソリーリャとの関係から読み解こうとする説まであります。 題名がなく、作者の言葉もない。だからこそ見る人は、自分の不安や恐れをこの絵に映し出してしまうのかもしれません。

壁画がプラド美術館に来るまで

キンタ・デル・ソルドはゴヤの孫マリアーノに譲られ、何人かの持ち主を経て、デルランジェ男爵のものになりました。「黒い絵」は壁の漆喰ごとキャンバスに移し替えられ、1878年のパリ万国博覧会で展示されたあと、1881年に男爵からスペイン政府に寄贈されました。 1889年からは、プラド美術館で公開されています。 移し替えの作業は難しく、多くの絵に修復が必要になり、細かな部分が失われた可能性もあります。

『サトゥルヌス』で覚える日本語表現

表現 意味 例文
背筋が凍る 恐怖でぞっとする この絵を見ると背筋が凍る。
鬼気迫る 恐ろしいほどの迫力がある 鬼気迫る表情の巨人が描かれている。
謎に包まれる よくわからないことが多い この絵の意味は謎に包まれている。
目をむく 驚きや怒りで目を大きく開く 巨人は目をむいて子どもを食らう。
考えさせられる 深く考えるきっかけになる 黒い絵にはいろいろと考えさせられる。

練習問題: 怖いと感じた絵や映画について、「背筋が凍る」と「考えさせられる」を使って三文書いてみましょう。

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