メアリー・シーコールとは何をした人?クリミア戦争で知られるジャマイカ出身の看護師・商売人の生涯

メアリー・シーコールはジャマイカ出身の看護師で商売人。クリミア戦争での活動で知られます。生涯を年表でたどり、死後の評価の変化と、学んだ内容を英語で書く練習も紹介します。

メアリー・シーコールとは誰か

メアリー・シーコールは、ジャマイカ出身の看護師であり商売人でした。クリミア戦争での看護活動で知られています。生まれたのは1805年11月23日、場所はキングストンです。亡くなったのは1881年5月14日です。この記事では、その生涯を年表の順にたどります。

母はクレオールの女性で、下宿屋を営み、「ドクトレス」と呼ばれる薬草の知識を持っていました。父はスコットランド出身のイギリス陸軍中尉ジェームズ・グラントです。彼女は自伝で、自分はクレオールであり、スコットランド系の父を持つと記しています。生まれたときの名前は、メアリー・ジェーン・グラントでした。

医療の知識を母から学んだと、彼女は自分の経験にもとづいて自伝に記しています。その自伝は、イギリスで黒人女性が書いた最初の自伝とされています。母についての事実と、彼女自身が書いた記述とは、分けて覚えておくと整理しやすくなります。この区別は、後で人物像を読むときにも役に立ちます。

結婚、火事、そして別れ

1836年11月10日、キングストンでエドウィン・ホレイショ・ハミルトン・シーコールと結婚しました。1843年8月29日には、キングストンの火事で下宿屋の大部分を失いました。結婚から火事までは7年です。年表では、この二つの出来事がクリミア戦争より前に並んでいます。

1844年10月に夫が亡くなり、その後母も亡くなりました。これは火事の翌年のことです。彼女がクリミア戦争へ向かうのは1855年で、年表の上では夫と母の死から11年後になります。

クリミア戦争へ向かった計画と商売

1855年、彼女はイギリスホテルを開く計画を持ってクリミア戦争へ向かいました。出発のときの計画の中心は、看護ではなく宿泊施設でした。つまり「クリミア戦争の看護師」というよび名だけでは、渡航時の計画は説明しきれません。商売人でもあったという最初の紹介が、ここで意味を持ちます。

シェフのアレクシス・ソワイエに言われ、宿泊施設ではなくレストラン・バー・仕出しサービスに方針を変えました。彼女の店は人気を集め、戦争が終わるまで商売は順調でした。ホテルという当初の案から、食と飲み物と仕出しへ、計画の形が変わったことになります。

彼女は、クリミア戦争の最初の三つの大きな戦いには間に合いませんでした。後の三つの戦いでは、戦場で倒れた人々の手当てを行いました。商売と戦場での手当てが、同じ戦争の中で並んでいたことが、この二つの記述から読み取れます。

パナマと回想録

彼女はパナマで、カリフォルニア・ゴールドラッシュへ向かう探鉱者にサービスを提供していました。ジャマイカ、パナマ、クリミアと、活動の場所は一つの土地にとどまっていません。回想録の題名にある「Many Lands」も、この動きと重ねて読むことができます。

1857年に回想録『Adventures of Mrs Seacole in Many Lands』を出版しました。回想録には、彼女が提供した料理や将校との出会いが、章を割いて記されています。先に触れたとおり、この自伝はイギリスで黒人女性が書いた最初の自伝とされています。

忘れられ、再び評価されるまで

彼女は死後しばらくのあいだ、ほぼ一世紀にわたって忘れられていました。1990年には、死後にジャマイカ功労勲章が授与されました。

2004年、ブラック・ヘリテージのサイトによる投票で、「最も偉大な黒人のブリトン」に選ばれました。2016年6月30日には、ロンドンのセント・トーマス病院に彼女の像が建てられました。ここまでの年表で、勲章、投票、像と、評価の形が少しずつ変わっていることが分かります。

像には「開拓者」と記され、そのことで論争が生じました。この記事の資料からは、論争の中身までは確認できません。ですから、確認できる事実と、確認できていない論点を分けて、メモに残すのが安全です。評価が変わった人物を読むときには、その区別がいちばん大切です。

読んだ内容を英語で書いてみよう

練習問題です。まず、次の三つの出来事を、年の順に日本語で書き出してみてください。出来事は、生まれた年、クリミア戦争へ向かった年、回想録を出版した年です。年と場所は、この記事の本文から探します。書けたら、その一つを短い英語の文にしてみましょう。

例文を一つ示します。これは学習用の例であり、本人の言葉ではありません。Mary Seacole was born in Kingston in 1805.(メアリー・シーコールは1805年にキングストンで生まれた。)もう一つ。She went to the Crimean War in 1855.(彼女は1855年にクリミア戦争へ向かった。)

解説です。どちらも過去の事実を書くので、動詞は過去形の was born と went を使っています。場所には in Kingston、年には in 1855 と、in を使います。日付まで書くなら on November 23 のように on に変わります。自分の文で、年と場所を入れかえて、同じ型で三つ書いてみてください。

メアリー・シーコールで外国語を学ぶ

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