朝鮮の義賊ホン・ギルドン:『洪吉童伝』の作者論争と、名前が今も使われる理由
『洪吉童伝』は庶子の青年が義賊となり、やがて海の向こうで王になる朝鮮時代の小説。作者は許筠とされてきたが異論も多い。あらすじと影響を整理。
『洪吉童伝』(ホン・ギルドンジョン)は朝鮮王朝時代の小説で、作者は伝統的に文人・政治家の許筠(ホ・ギュン)とされてきました。ただし近年の研究ではこの説に強い疑問が出ており、現存する本文をずっと後の時代の作とみる学者もいます。 物語の中身については異論がありません。高官の父と身分の低い母のあいだに生まれた庶子ホン・ギルドンが、並外れた知恵と術を身につけて腐敗した両班から財を奪い、最後は自分の国を築くという話です。
「父を父と呼べない」少年
この物語の核にあるのは、朝鮮社会の庶子差別です。妾や下女から生まれた息子は「庶子」と呼ばれ、どれほど才能があっても出世の道が閉ざされていました。ギルドンは、吉夢から目覚めた父が下女と結ばれて生まれた子です。 韓国語版ウィキペディアは、彼が世宗の時代の大臣の子として武芸と礼儀を学びながらも、生まれのせいで志を果たせないことを嘆く青年として描かれていると説明しています。 父を父と呼べないという小さな痛みが、物語全体を動かす感情の源になっています。
三つの場面で読むあらすじ
写本によって細部は違いますが、骨組みは共通で、ふつう三つの部分に分けて説明されます。
第一部は洪家の屋敷が舞台です。才能を恐れられたギルドンは刺客に命を狙われますが、これを退け、二級の息子として生きることを拒んで家を出ます。 冒険を求めてではなく、自分を守るはずの家に殺されかけたから旅立つ、という始まり方が印象的です。
第二部でギルドンは盗賊団の頭となり、その集団を「活貧党」と名づけます。貧しい人を助ける者たちの党という意味です。彼らは倉や寺など富が集まる場所を襲い、やがて王の目にとまります。 術のせいでどうしても捕まえられない朝廷は、彼に兵曹判書(軍事を担う大臣)の位を与えようとします。王の前に現れたギルドンはこれを辞退し、仲間を連れて国を去ると告げて空に消えてしまいます。
第三部の舞台は海の向こうの律島国です。ギルドンは島で活貧党を立て直し、律島国の王を倒して自ら王となり、慈悲深く国を治め、息子たちを分け隔てなく扱います。 冒頭の差別への答えが、最後にさりげなく示されるわけです。
作者は許筠か:肯定説と否定説
許筠(1569–1618)は朝鮮の小説家・詩人・政治家で、姉は詩人の許蘭雪軒です。1594年に科挙の文科に合格して要職を歴任しましたが、政争で何度も流罪となり、光海君の時代に反逆の罪で処刑されました。 身分制の少ない公正な社会を夢見た進歩的な思想家だったため、この小説の作者にふさわしいと考えられてきました。
根拠となる記録は、許筠の弟子だった李植(1584–1647)の文集です。そこには、許筠が中国の小説『水滸伝』にならって『洪吉童伝』を書いたとあります。 中国文学の側からも、研究者エレン・ウィドマーがこの作品を『水滸伝』から多くを借りた「子孫」とみなしています。
一方で、現存本には17世紀後半の実在の盗賊・張吉山や18世紀の官庁が登場するため、1618年に死んだ許筠には書けないという指摘があります。2013年には歴史家ミンス・カンが、許筠説は偏った研究に基づくもので、現存本は19世紀半ばごろに庶子や平民の無名作家が書いたものだろうと論じました。 写本は34点以上残り、どれが原本かはまだわかっていません。 学習者としては「許筠の作と伝えられる」と言っておくのがいちばん正確です。
実在の盗賊と、今も生きる名前
1500年に逮捕された洪吉同という盗賊の記録があり、16世紀初めの義賊・林巨正も人物像のモデルとして挙げられています。 ただし小説は舞台を世宗の時代に移しており、主人公は歴史上の人物というより象徴として描かれています。
現在の韓国では「ホン・ギルドン」は記入例などに使われる仮の名前で、日本語なら「山田太郎」にあたります。 1967年のアニメ映画、1986年の北朝鮮の武侠映画、ピーク時の視聴率が30%を超えた1998年のSBSドラマなど翻案は数えきれず、生誕地とされる長城郡にはテーマパークと毎年の祭りがあります。 ロビン・フッドとよく比べられますが、最後に島国の王になるところはギルドンだけの結末です。
日本の読者が読むときのヒント
日本では『水滸伝』が江戸時代から親しまれてきたので、梁山泊の好漢たちを思い浮かべながら読むと、この小説の輪郭がつかみやすくなります。ただし違いもはっきりしています。『水滸伝』は百八人の群像劇ですが、『洪吉童伝』はひとりの青年の成長と挫折、そして旅立ちを追う物語です。盗賊団を率いても、ギルドンの本当の願いは父と王に認められることで、朝廷を倒すことではありません。認められたとたんに彼は静かに国を去ります。
韓国の批評家のなかには、差別に苦しんだ主人公が最後に他国を征服して自分の秩序を押しつける点に、居心地の悪い皮肉を見る人もいます。 勧善懲悪の痛快な冒険として楽しみつつ、この緊張にも目を向けると、子ども向けの昔話とはまったく違う顔が見えてきます。翻訳者ミンス・カンは、この作品を前近代朝鮮の散文小説のなかで、文学的にも文化への影響の面でも最も重要な一作と呼んでいます。
ホン・ギルドンで覚える韓国語
| 韓国語 | 意味 | 例文 |
|---|---|---|
| 의적(ウィジョク) | 義賊 | 홍길동은 조선의 의적이다. |
| 서자(ソジャ) | 庶子 | 길동은 서자로 태어났다. |
| 아버지라 부르다 | 父と呼ぶ | 아버지를 아버지라 부르지 못했다. |
| 집을 떠나다 | 家を出る | 길동은 결국 집을 떠났다. |
| 나라를 세우다 | 国を建てる | 그는 율도국에 나라를 세웠다. |
練習: 「떠나다」と「세우다」を使って、何かを新しく始めた経験を韓国語で三文書いてみましょう。