語り物としての『平家物語』――琵琶法師と当道座、覚一本、そして寂光院の鐘で閉じる無常の物語
『平家物語』は源平合戦での平家の滅亡を描く軍記物語で、琵琶法師の語りから生まれました。作者説、覚一本、当道座の歴史、灌頂巻まで読み解きます。
『平家物語』は、源平合戦(1180–1185年)で平氏と源氏が覇権を争ったさまを描く軍記物語で、1330年以前にまとめられました。一人の作者の作品ではなく、琵琶を弾きながら語る盲目の琵琶法師たちが口伝えで受け継いだ、いくつもの異なる語りが寄り集まって生まれたものです。 「祇園精舎の鐘の声」はだれもが知っていますが、この作品が「読む文学」である前に「聞く語り物」だったことを意識すると、見え方がかなり変わります。ここでは琵琶法師の側から『平家物語』を眺め直してみます。
兼好が伝えた作者説
作者について有名なのは、吉田兼好が1330年ごろの『徒然草』に記した説です。前の信濃守行長が『平家物語』を作り、生仏という盲目の男に語らせた、というもので、生仏は東国の出身で、行長は彼に武士や弓馬、戦の様子を聞き取らせてから書いたとも伝えています。 和漢混交文という、当時は教養ある僧や貴族にしか書けなかった文体で書かれていることも、行長説を支える点です。けれども文体が場面ごとに異なり、話が何度も前に戻ることから、全体としては集団で作られた作品と見るのが自然で、行長は最初に書き留めた一人の候補にすぎない、とされます。
琵琶法師とは何者だったか
琵琶法師は、琵琶の伴奏で語り物を語って生計を立てた旅の芸能者で、多くは盲目、頭を剃り僧の衣をまとっていました。 その音楽は「平曲」、つまり「平家の曲」と呼ばれます。伝承では、天台宗の僧である生仏が1220年ごろ初めて『平家物語』を語ったとされます。 平家を語る前の琵琶法師は、和歌や歌のほか、疫病よけや霊的なお祓いも担っており、平家一門の怨霊が恐れられた時代に、こうした儀礼的な役割から物語の担い手になったのではないかとも考えられています。
やがて琵琶法師は一方流と八坂流という二つの流派に分かれます。琵琶法師には技量に応じて検校・勾当・別当・座頭の位が与えられました。 覚一(1300–1371)の語りは、いまも平曲の決定版と見なされており、その理由の一つは、彼が一方流の組織づくりを主導し、それが盲人の自治組織「当道」の成立につながったことにあるとされます。 現在もっとも広く読まれている本文は、この覚一が1371年にまとめた覚一本です。
戦乱と保護、そして明治の断絶
応仁の乱とそれに続く戦国時代は、語り手と聞き手の両方を減らし、多くの演奏家が浄瑠璃や三味線へ移っていきました。 その衰退を食い止めたのが徳川家康で、江戸幕府は当道に特権と資金を与え、平曲を公式の式楽の一つに定めました。この時代に前田流と波多野流という二大流派が生まれます。 ところが明治維新で当道が廃止されると、演奏家は特権と演奏の場を失い、波多野流は京都で20世紀半ばまで細々と命脈を保つほどに衰えました。 名古屋に伝わる平曲の譜本「平家正節」は、荻野知一(1732–1801)がまとめたものです。
「夜ごとに語る」構成
『平家物語』は、もともと一夜ずつ分けて語るように組み立てられた挿話の連なりです。 鬼界ヶ島に一人残される俊寛、熊谷直実に討たれる敦盛、屋島で扇の的を射る那須与一――一つひとつの章段がそれだけで完結した見せ場になっているのは、この語りの形式のためだと考えると納得がいきます。 全体はおおむね三部に分けられ、前半は平清盛、中盤は木曾義仲、後半は源義経が中心人物です。
無常と因果、二本の柱
冒頭の「盛者必衰」という四字熟語は、『仁王経』の「盛者必衰、実者必虚」に由来します。 作品には武士の物語と仏教の物語という二つの流れがあり、壇ノ浦で沈んだ武者を波に浮かぶ紅葉の錦にたとえるような、死の美化も見られます。一方で中心にあるのは無常、つまり栄華のはかなさです。 もう一つの柱が因果(業)の考え方で、生涯残酷だった清盛が、水をかけても炎と黒煙になるほどの熱病で苦しみ抜いて死ぬ場面に、それがはっきり表れています。
灌頂巻――秘伝とされた結末
最後の「灌頂巻」は、ある琵琶法師の一派が秘伝として扱った巻で、本編より後の13世紀後半に成立したと考えられています。 安徳天皇の母である建礼門院徳子は、大原の寂光院で尼として暮らし、訪ねてきた後白河法皇に、自らの生涯を六道になぞらえて語ります。寂光院の鐘が鳴り、物語冒頭の祇園精舎の鐘と響き合うなか、法皇は都へ帰り、やがて女院は阿弥陀仏の名を唱えて往生します。 鐘で始まり鐘で終わる構成は、黙読よりも、音で聞いたときにいっそう際立ちます。
史実ではなく「理想の武士」
覚一本は、源平合戦の実像というより、語り手たちが思い描いた理想の武士像を描いた、虚構化されたドラマだと一般に考えられています。 能や歌舞伎、浮世絵、俳句にまで素材を提供し、のちの武士道の土台を築く一因にもなりました。 英訳ではロイヤル・タイラーが2012年に、語りとしての上演の形を意識した翻訳を完成させています。 多くの日本人にとって、琵琶の音はいまも『平家物語』と「耳なし芳一」を連想させます。
平家物語で学ぶ英語表現
| 英語 | 意味 | 例文 |
|---|---|---|
| impermanence | 無常 | The tale is about impermanence. |
| the prosperous must decline | 盛者必衰 | Even the prosperous must decline. |
| oral tradition | 口承、語り伝え | It grew out of an oral tradition. |
| blind lute priest | 盲目の琵琶法師 | Blind lute priests recited the tale. |
| like dust before the wind | 風の前の塵のように | The mighty fall like dust before the wind. |
練習: 冒頭の一文「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」を、自分の言葉で英語一文に訳してみましょう。