金正浩と大東輿地図:朝鮮王朝の折りたたみ大地図をつくった地図製作者

金正浩(1804–1866年?)は、22冊の折本で朝鮮全土を描いた縮尺16万2千分の1の『大東輿地図』の作者です。生涯、地図のしくみ、疑わしい投獄伝説を紹介します。

金正浩(キム・ジョンホ、1804–1866年?)は朝鮮王朝後期の地理学者・地図製作者で、1861年に刊行された『大東輿地図』で知られています。22冊の折りたたみ式の冊子を並べると、およそ6.7メートル×3.8メートルの朝鮮全図になり、縮尺は約16万2千分の1です。 号は古山子(コサンジャ)。今では韓国史上もっとも偉大な地図製作者とされています。

わからないことの多い人物

有名なわりに、その生涯はほとんどわかっていません。今の北朝鮮にあたる黄海道の生まれとされます。 高い身分の役人ではなく、彼について残る記録もわずかです。地図を作るために朝鮮半島じゅうの山や谷をすべて歩いて回ったという話がよく知られており、子ども向けの本にもたびたび登場します。 ただしこれは確かめるのがむずかしく、実際には当時すでにあった地図や地理書も丹念に活用していました。

22冊の折本地図

『大東輿地図』のすごさは正確さだけではなく、その工夫にあります。国土を東西に細長い22の帯に分け、それぞれを屏風のように折りたたんで小さな冊子にしています。一冊がおよそ南北47キロ、東西31.5キロの範囲を受けもちます。 旅人は必要な地域の冊子だけを持ち歩き、学者は22冊すべてを並べて半島全体を見ることができました。冊子が21冊のものと22冊のものなど、いくつかの版があります。

木版で刷られた地図

金正浩は一枚の地図を描いただけではなく、それを木版に彫って印刷し、広められるようにしました。地図には作り方を説明した序文、記号の凡例、統計、そして都・漢城(ソウル)の別図がついていました。 道には10里(約4キロ)ごとに点がつけられ、旅人が距離をはかれるようになっています。山は連なる山脈として描かれ、尾根と川が土地をどう分けているかがわかるのも特徴です。

投獄伝説の真相

興宣大院君が地図を見て国防上の秘密がもれると激怒し、金正浩を投獄して地図を焼かせた、という話も有名です。 しかしこれは日本の植民地統治期につくられた文書に由来します。地図の原版木は今も崇實大学校や高麗大学校に残っており、地図づくりを手伝ったほかの人々も罰せられていません。そのため韓国の歴史学界では、この話は植民地当局によるでっちあげだと考えられています。 1866年以後の金正浩の行方は、今もわかっていません。小惑星「95016 Kimjeongho」は彼の名にちなんでいます。

今、地図をどう読むか

博物館で『大東輿地図』を見る機会があれば、まずソウルや釜山など知っている場所を探し、そこから太く黒い山脈の線をたどってみましょう。舟が通れる川は二重線、通れない川は一本線で描かれ、郡や県の役所、軍事拠点、駅站(宿場)、倉庫などにはそれぞれ小さな記号があり、凡例で説明されています。 道の上の点の間隔にも注目してください。点が混みあっている所は坂が険しく、旅に時間がかかった場所です。この簡単な「絵のことば」を覚えると、地図はただの飾りではなく、160年以上前に書かれた実用的な旅のガイドとして読めるようになります。

先行する地図からの改良

『大東輿地図』はいきなり生まれたわけではありません。1834年の『青邱図』や1856年ごろの『東輿図』といった先行する地図があり、韓国語版ウィキペディアはこれらとの比較を紹介しています。 それによると、地図上の書きこみの数は『青邱図』が15,485、『東輿図』が18,376だったのに対し、『大東輿地図』は13,188に減っています。 情報を増やすのではなく、木版で刷っても読みやすいように、あえて削って整理したと考えると、この数字の意味が見えてきます。何を描き何を省くかを決めることこそ、地図づくりの腕の見せどころです。

版木と、手直しを重ねた版

英語版ウィキペディアは、この地図が両面に彫ったシナノキの版木70枚から刷られ、朝鮮と西洋の技法をあわせた作りだと説明しています。 一方、韓国語版では、かつては70枚あまりとされていた版木を、実際には121枚、あるいは126面分とみる見方を紹介しており、数え方には幅があります。 1861年の初版のあと、1864年には第2版が刷られ、そのあいだにも誤りが何度も直されました。 金正浩は1866年にさらに後の版を出したのを最後に、記録から姿を消します。 縮尺についても、英語版の約16万2千分の1に対し、韓国語版は理論上の縮尺を約21万6千分の1とする考え方を紹介しています。

宝物としての地図と紙幣の議論

韓国では『大東輿地図』の複数の写しが宝物に指定されています。1985年8月9日に誠信女子大学校博物館の所蔵本が宝物第850号となり、その後ソウル歴史博物館やソウル大学校奎章閣の所蔵本も加わりました。 1995年には国立中央博物館の収蔵庫から版木11枚が見つかり、2008年12月22日に宝物第1581号に指定されています。 同じ2008年には、新しい10万ウォン紙幣の図柄に『大東輿地図』を使う案が検討されましたが、独島(竹島)が描かれていないことが論争となり、紙幣そのものが取りやめになりました。 150年以上前の地図が、今も国の姿をめぐる議論を呼び起こすほどの存在感を持っているのです。投獄伝説を否定する根拠として、地図づくりを手伝った崔漢綺らが罰せられていないことが挙げられているのも、この地図が一人ではなく人々の協力で生まれたことを示しています。

金正浩で覚える韓国語

韓国語 意味 例文
지도 (チド) 地図 지도를 봐요.
산 (サン) 山 산이 높아요.
강 (カン) 川 강을 건너요.
길 (キル) 道 이 길로 가요.
여행 (ヨヘン) 旅行 여행을 떠나요.

練習問題: よく知っている場所について日本語で三文書き、지도か길を使った短い韓国語の文も作ってみましょう。

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