『三国志演義』入門:物語の流れ、英雄たち、史実との違い
『三国志演義』は、魏・蜀・呉の三国の争いを描いた中国の古典小説です。初めての人向けに、物語の流れ、主な英雄、史実との違いを紹介します。
『三国志演義』は、羅貫中の作とされる14世紀の中国の歴史小説です。漢王朝が崩れていくなかで、魏・蜀・呉の三国がおよそ169年から280年まで争った長い戦いを描いています。 中国の「四大奇書(四大名著)」の一つで、登場人物は千人近く。その英雄や戦い、計略は、ゲームや映画、マンガを通じて東アジアじゅうで知られています。
だれが書いたのか
作者とされる羅貫中は元末から明初の人ですが、くわしいことはほとんどわかっていません。 陳寿の正史『三国志』をもとに、何百年も語りつがれた民間の話や講談、芝居を取りこんで書かれました。現在よく読まれているのは、17世紀に毛綸・毛宗崗父子が手を入れた版です。
史実か、創作か
昔から「七分の事実、三分の虚構」と言われてきました。 大きな出来事や人物は実在ですが、多くの場面は創作や誇張で、物語ははっきり肩入れしています。劉備の蜀を漢の正統な後継ぎとし、魏の曹操をずる賢い悪役として描くのです。日本でいう「正史の三国志」と「演義」の違いはここにあり、歴史家は曹操を有能な政治家・将軍・詩人として、より公平に評価しています。
あらすじ
漢王朝が弱まると、黄巾の乱が起こり、各地の群雄が覇権を争いはじめます。劉備・関羽・張飛の三人は桃の園で義兄弟の契りを結び、ともに国に尽くすことを誓います。この「桃園の誓い」は中国文学で最も有名な場面の一つです。
曹操は皇帝を手中にして北方を押さえます。力の乏しい劉備は、天才軍師・諸葛亮の草庵を三度訪ね、ようやく迎え入れます(三顧の礼)。赤壁の戦いでは、劉備と呉の孫権の連合軍が火攻めで曹操の大船団を破ります。 こうして天下は三つに分かれます。
後半は別れの連続です。関羽は捕らえられて斬られ、張飛は部下に殺され、劉備は復讐の戦いに敗れて亡くなります。諸葛亮は何度も魏への北伐を行いますが、志なかばで陣中に没します。最後に勝ったのは三国のどれでもなく、魏の実権を握った司馬氏が晋を建て、280年に天下を統一しました。
覚えておきたい英雄
劉備は仁徳の人として描かれ、人柄で人を引きつけます。関羽は忠義と勇気の手本で、のちに神としてまつられました。張飛は勇猛で短気。諸葛亮は知恵の象徴。曹操は野心家で頭が切れ、冷酷な「乱世の奸雄」です。
なぜ今も読まれるのか
この物語の中心にあるのは、忠義、戦略、野心、そして権力の盛衰です。書き出しの「天下の大勢は、分かれること久しければ必ず合し、合すること久しければ必ず分かる」という一文は、歴史がくり返し動いていくことを短く言い表しています。 登場人物たちは、だれが正しいのか、どんな主君に仕えるべきか、約束と勝利のどちらを取るのかといった選択を迫られ、読者はそこに自分の悩みを重ねます。会社経営や交渉の本で戦略の例として取り上げられることも多く、人気のテレビゲームやドラマの題材にもなってきました。中国語を学ぶ人にとっては、日常会話でも使われる成語の宝庫でもあります。
正史から講談、そして小説へ
物語のいちばん古い土台は、3世紀に陳寿が書いた正史『三国志』で、184年から280年までの出来事を扱っています。 その後、何百年ものあいだに語り物として広まった話を初めて一冊の書物にまとめたのが、1321年から1323年のあいだに出版された『三国志平話』でした。 歴史書の簡潔な記録に、語り手たちが聞き手を喜ばせるための場面や人物の性格を少しずつ書き加え、それを羅貫中が長編小説の形に整えた、という流れです。一人の作家がゼロから作った作品というより、長い時間をかけて多くの人の手で育てられた物語だといえます。
印刷された版の歴史
現在知られている最初の完全な刊本は1522年に出た『三国志通俗演義』で、序文の日付は1494年になっています。 その後もさまざまな版が作られ、1591年の周曰校の版は12巻250章という構成でした。 1660年代には毛綸・毛宗崗父子が本文を約90万字から約75万字に削って整え、全120回の形にしました。今日私たちが読むのは、この毛宗崗本の系統です。 全体では約80万語、登場人物は千人近くにのぼり、その大半が実在の人物です。 この人物の多さが、この小説を読み通す楽しさであり、難しさでもあります。
国境を越えた三国志
この物語は中国の外にも早くから広がりました。清の時代には満洲語への翻訳が進められ、1631年にダハイが着手したものの翌1632年に亡くなり、全訳は1647年に完成して1650年に刊行されました。清代に満洲語訳が印刷された中国小説は二つしかなく、その一つがこの作品です。 英語の最初の出版は1907年とされています。 その影響は、英語圏におけるシェイクスピアにたとえられるほどで、東南アジアでも多くの登場人物がよく知られています。 また関羽は、6世紀に僧の智顗が開いた玉泉山の寺の近くで土地の信仰を集め、のちに「関公」として高められました。小説の第77回では、関羽の霊が僧の普静の前に現れる場面が描かれています。 物語の英雄が、信仰の対象としても生き続けているのです。
日本でも『三国志』は小説やマンガ、ゲームを通じて親しまれ、原作を読んだことがなくても劉備や諸葛亮の名前を知っている人は多いでしょう。けれども、正史と演義、そして現代の作品では、同じ人物でも描かれ方がかなり違います。どの版のどの場面を読んでいるのかを意識すると、同じ物語が何倍も面白くなります。
三国志で覚える中国語の成語
| 成語 | 意味 | 使い方 |
|---|---|---|
| 三顾茅庐 | 礼を尽くして何度も人を招く | 三顾茅庐才请到他。 |
| 桃园结义 | 固い友情を誓う | 他们三人像桃园结义一样。 |
| 说曹操,曹操到 | うわさをすれば影 | 说曹操,曹操到! |
| 鞠躬尽瘁 | 身をささげて務める | 他对工作鞠躬尽瘁。 |
| 空城计 | 大胆なはったり | 他唱了一出空城计。 |
練習問題: 友だちやチームの仲間について、「说曹操,曹操到」か「三顾茅庐」を使って三文書いてみましょう。