ムンク『叫び』の人物はなぜ叫んでいるのか?絵の意味と4つのバージョン
『叫び』は、ムンクが夕暮れの散歩中に「自然を貫く果てしない叫び」を感じた体験から生まれました。意味、複数の版、盗難事件を解説します。
『叫び』が描いているのは、突然おそってきた強い不安の瞬間です。ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクは、夕暮れにオスロを見下ろす道を歩いていたとき、空が血のように赤く染まり、「自然を貫く果てしない叫び」を感じたという自分の体験をもとにこの絵を描きました。 つまり手前の人物は誰かに向かって叫んでいるのではなく、世界そのものから聞こえてくる叫びに耳をふさいでいるのです。この苦しげな顔は美術史上もっとも有名なイメージの一つとなり、現代人の不安の象徴として広く受け止められています。
何が描かれているのか
手前には、骸骨のように細く青白い人物が両手を顔にあて、口を大きく開けています。その後ろには手すりのある道が斜めに走り、遠くに二人の人影が見えます。左にはフィヨルド、上空にはうねるオレンジと赤の帯のような空が広がります。空も水も人物の体も同じようにうねっていて、まっすぐな手すりだけがその中を貫いています。
ムンク自身の言葉
ムンクはこの体験を何度か書き残しています。友人二人と道を歩いていると日が沈み、空が突然血のように赤くなった。疲れを感じて柵にもたれ、友人たちが先へ行くなか、不安に震えながら立ち尽くし、自然を貫く果てしない叫びを感じた、というものです。 この記述から、パニック発作を描写していると考える研究者もいます。 場所はオスロとオスロフィヨルドを見下ろすエーケベルグの丘の道とされ、当時その丘のふもとの精神病院には、ムンクの妹ラウラが入院していました。
「自然の叫び」という題と1892年の日記
ノルウェー語の題は『スクリク(Skrik)』ですが、最初に展示されたときはドイツ語で『自然の叫び(Der Schrei der Natur)』という題がつけられていました。 もとになった体験を記した日記は、「ニース 1892年1月22日」という見出しで始まっています。 同じ1892年には、ムンクはベルリンで展覧会を開きましたが、作品が騒ぎを呼んでわずか1週間で閉じられ、この「ムンク事件」でかえってドイツで名を知られるようになりました。 骸骨のような人物の姿については、1978年に美術史家ロバート・ローゼンブラムが、1889年のパリ万国博覧会で展示されたペルーのミイラから着想を得たのではないかと唱えています。
ムンクとはどんな画家か
エドヴァルド・ムンク(1863–1944)はノルウェーの画家です。母を1868年に結核で亡くし、仲のよかった姉ソフィエも1877年に15歳で同じ病で亡くなりました。病と死、そして家族に多い心の病を受け継ぐことへの恐れが、彼の子ども時代を覆っていました。 若い頃、自分の感情や心理状態を描くよう勧められ、パリではゴーギャンやゴッホの色づかいから多くを学びました。 『叫び』は、愛・不安・嫉妬・裏切りをテーマにした連作「生命のフリーズ」の一部となり、彼の作品は表現主義に大きな影響を与えました。
なぜ空は赤いのか
1883年のクラカタウ火山の大噴火のあと、各地で何か月も続いた赤い夕焼けの記憶だという説があります。 ただしムンクは見たものをそのまま写す画家ではなかったとして、この説に反対する研究者もいます。ノルウェーの緯度で見られる珍しい「真珠母雲」だという説もあります。
『叫び』はひとつではない
ムンクは『叫び』を、絵の具で2点、パステルで2点制作し、さらにリトグラフの版も作りました。 1893年の油彩などによる作品はオスロのノルウェー国立美術館に、1893年のパステルと1910年の作品はオスロのムンク美術館にあり、1895年のパステルは個人が所蔵しています。 1893年の作品の左上には「狂人にしか描けない」という鉛筆の小さな書き込みがあり、赤外線写真による筆跡の研究で、ムンク自身が書いたものとわかりました。
2度の盗難事件
絵の具で描かれた2点は、どちらも盗まれたことがあります。1994年2月12日、リレハンメル冬季五輪の開幕日に、オスロの国立美術館から1893年の作品が盗まれ、同年5月7日に無傷で取り戻されました。 2004年8月22日には、覆面の武装した男たちが白昼のムンク美術館から1910年の作品と『マドンナ』を奪いました。2006年8月31日に警察が回収し、湿気による傷を修復したのち、2008年に再び公開されました。
1億2000万ドル近い落札
個人が持つ1895年のパステル版は、2012年5月2日にサザビーズの競売にかけられ、約1億1990万ドル、ほぼ1億2000万ドルで投資家レオン・ブラックに落札されました。当時、公開の競売で美術品につけられた最高の値段でした。 版画の分野でも、ムンクは早くから実験を重ねています。1894年には銅板に直接彫り始め、1896年にパリへ移ると初めての木版画を作りました。 オスロ市が受け継いだムンクの作品は、絵画約1,100点、素描4,500点、版画1万8,000点にのぼります。 アンディ・ウォーホルが『叫び』をもとにシルクスクリーンを作ったのは1983年から1984年にかけてで、映画『ホーム・アローン』のポスターは1990年のものです。
なぜ今も大切なのか
作家アーサー・ルボウは『叫び』を「現代のモナ・リザ」と呼びました。 目に見えるものではなく、心の中の感情を描けることを示したこの絵は、ウォーホルの版画や映画『ホーム・アローン』のポスターなど、多くの作品に引用されてきました。 言葉にしにくい不安に、形を与えてくれる一枚なのです。
『叫び』で学ぶ日本語表現
| 表現 | 意味 | 例文 |
|---|---|---|
| 不安に襲われる | 急に強い不安を感じる | 夜中に不安に襲われた。 |
| 耳をふさぐ | 手で耳をおおう | 大きな音に耳をふさいだ。 |
| 鳥肌が立つ | こわさや感動で肌がぞくっとする | その歌に鳥肌が立った。 |
| 言葉を失う | 驚いて何も言えなくなる | 絵の迫力に言葉を失った。 |
| 象徴する | 考えや気持ちを形で表す | この絵は不安を象徴している。 |
練習: 強い気持ちを感じた瞬間について、「鳥肌が立つ」と「言葉を失う」を使って日本語で3文書いてみましょう。